生命系応用分野の2001年武田賞は、高性能DNAシーケンサを用いたモジュール系稼働システムと全ゲノムショットガン法を組合わせた大規模ゲノム解析システムの確立に貢献したMichael W. Hunkapiller とJ. Craig Venterに贈る。
   Hunkapillerは大規模なDNAの解析時代の到来に対し、解析機器の高速化と自動化、省力化を重視して、1998年に高速自動DNAシーケンサ、PRISM3700を開発した。これは蛍光色素とキャピラリ型電気泳動の使用による高速分析能力、および試料自動交換能力を備えたDNA解読装置と、シースフロー検出技術を組合わせたもので、この開発によって塩基配列解読能力はそれまでの10倍に向上し、後に述べるVenterやヒトゲノム国際共同解析チームによるヒトゲノム塩基配列解析の強力な武器になった。
   Venterは大量のゲノムDNA断片のシーケンスデータを出し、そのシーケンスを重ね合わせてゆくという全ゲノムショットガン法に着目、この省力、自動化に向いた方法をヒトゲノムのような大型ゲノムに、最初から適用できるアルゴリズムを発展させた。ヒトゲノム解析においては、国際共同解析チームはDNA断片のゲノム上の位置を確認(地図化)した上で塩基配列を解読するという手法を中心に進めてきたが、既存の技術システムのみによって30億塩基対をもつヒトゲノムの解析に立ち向かうには多くの困難があった。
   高速自動DNAシーケンサの登場で、膨大なシーケンス解析データを生産する道が開かれた。これにより、上記の全ゲノムショットガン戦略が展開できる見通しが立ち、1998年、HunkapillerとVenterは民間企業、セレラ社(Cerela Genomics)を設立し、ヒトゲノムの全塩基配列解読を事業として行うことを決定した。多くのゲノム研究者は、多数の繰返し配列がヒトゲノム中に存在することから、全ゲノムショットガン法の採用は困難だと考えていたが、彼らは300台のPRISM3700を1カ所に集めたモジュール系稼働システム(個々の作業工程を連続して稼働するシステム)で、大量のデータ処理を可能にし、短期間にヒトゲノムの塩基配列概要を決定することに成功した。こうして高性能DNAシーケンサと全ゲノムショットガン法の解析用アルゴリズムを組合わせ、データの大量・集中収集と処理システムを戦略的に応用することにより、それまで予想できなかったスピードでゲノム解析が可能になるという工学知を生みだした。さらに、ゲノム解析のような基礎研究を、民間企業により公的資金を使わずに行えることを初めて示した。これらはきわめてアントレプレナーシップに富む行為であり、格別に大きな意義をもっている。
   HunkapillerとVenterによるヒトゲノムの塩基配列解読への挑戦は、ヒトゲノム国際共同解析チームによるヒトゲノム塩基配列概要版の実現を早める引金となった。彼らによるヒトゲノム塩基配列概要解読が国際共同解析チームと同時に進行したことにより、ゲノム情報の実用的利用もゲノム科学発展の基盤も整備され、生物学に新しいパラダイムが開かれた。これは、医療、農業、製薬、バイオ・情報産業に、これまで経験したことのないインパクトをもたらしつつあり、人類の富と豊かさ・幸福との実現に貢献することが期待されている。
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