情報・電子系応用分野の2001年武田賞は、オープンなコンピュータ基本ソフトウェア開発モデルの提唱と実践に貢献した坂村健、Richard M. StallmanおよびLinus Torvaldsに贈る。この業績はコンピュータの基本ソフトウェアであるオペレーティングシステム(OS)等の開発において、オープンな方法を用いることにより優れた成果を得たものである。
   坂村は、1980年にリアルタイム組込み用OSであるTRON(The Real-time Operating system Nucleus)の基本構想を提案した。その提案に基づいて、誰でも参加できるオープンな組織としてTRONプロジェクトが1984年にスタートした。TRONの特徴は、リアルタイム組込み用であることと規模や種類の異なるプロセッサに実装することを考慮してインタフェース仕様を規定し、「オープンアーキテクチャ」として公開した点にある。決定した仕様の公開、メーカでの実装、実装結果に基づく改良仕様の検討というサイクルにおいて、多くのユーザの衆知を集める「オープンな考え」が採用されている。その結果、TRON仕様は広く採用され、家電機器、携帯電話、自動車など多数の組込みシステムに適用されることとなった。
   Stallmanは1984年にUNIX互換のコンピュータ用OSシステムをフリーソフトウェアとして作り始めた。これがGNUプロジェクトのスタートである。GNUは、「GNU's Not Unix」の再帰頭字語である。フリーソフトウェアの考え方はソースコードの公開、プログラム改良やコピー配布の自由、改良後のプログラムの公開などを含むものであり、これらの自由と公開性とによって衆知を集めることが可能になった。GNUプロジェクトの成果として、高機能エディタ、コンパイラ、グラフィカルユーザインタフェースなどが作成され、その高機能性と高信頼性がフリーソフトウェアに対する高い評価をもたらした。
   Torvaldsは、 1991年にLinuxの最初のバージョンを独自に作成し、インターネット上に公開した。Linuxはコンピュータ用OSの中核部分(カーネル)である。その後のLinux開発は独自のスタイルで行われた。すなわち、公開されたソースコードの改良・デバッグには世界的規模の多数のボランティアが直接参加して提案を行い、提案の採用可否はTorvalds自身が決定するという手法である。頻繁にバージョンアップを繰返すことにより、自主的で熱意ある作業がスピーディーに行われ、高性能で高信頼性を有するOSカーネルが生みだされた。
   LinuxとGNUソフトウェアとの組合わせにより、完全なUNIX互換のOSが誰でも自由に使えるようになった。Linux及びGNUソフトウェアは、その性能及び信頼性の高さとシステム開発に必要なコストの低さの故に、パソコンやサーバをはじめ一般的な用途のコンピュータシステムで広く使われ始めている。
   以上述べたように、TRON、GNUおよびLinuxの各プロジェクトは、情報化社会の要となるコンピュータ基本ソフトウェアの開発において、オープンな開発スタイルあるいはオープンな利用の仕組みという新しい手法による解決方法を生みだした。その結果、広範な人々の知恵を集めることが可能となり、これまでにない高いレベルの成果をもたらしてコンピュータ利用の新たな発展をもたらした。さらに、この新しいオープンな手法は、新しい開発モデルを提示してコンピュータソフトウェア業界におけるそれまでの市場の常識を覆すような影響を与えている。すなわち、通常の市場経済とは異なる仕組みのなかで育まれた工学知が、市場経済側のテクノアントレプレナーシップを刺激し、生活者への価値の提供を実現しつつある。
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