The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2002

選考理由書
情報・電子系応用分野

選考理由
業績とその創造性
1. 情報化社会における発光半導体デバイスの役割
2. 発光半導体デバイス
3.
4. 中村による窒化ガリウム青色発光半導体デバイス開発
5. 波及効果
6. 結論
参考文献
図1
図2

> PDF version


選考理由書トップへ


▼情報・電子系応用分野 ▼生命系応用分野 ▼環境系応用分野
業績とその創造性
back next
4.中村による窒化ガリウム青色発光半導体デバイス開発

4.1. 窒化ガリウム材料の選択
 中村修二は、1988年、日亜化学工業株式会社において、社長の了解を直接取り付けるという異例な形で、青色発光半導体デバイスの開発を開始した。材料に何を用いるかが重要な問題であったが、中村は多くの研究者が研究しているセレン化亜鉛の場合は、製品化に成功しても技術発明が分散することになり、独占的な技術の確保が困難であると考えた。窒化ガリウムに付随する技術的な問題は、従来の考えに固執しないことにより必ず解決できるという確信に支えられ、あえて少数派の窒化ガリウムを選択した。

4.2. 均一な薄膜の形成
 前述の通り、窒化ガリウム薄膜の製作には、基板としてサファイアを用い、成膜方法としてはMOCVD法を使う方法が知られていた。中村も当初は既存の装置を導入して実験を開始したが、均一な薄膜は得られなかった。この問題についてと天野は低温バッファ層を導入することで解決していたが、中村は従来の成膜方法そのものに問題があると考えた。これまでの成膜方法ではガリウム化合物、窒素ガスおよび関連原料ガスを基板表面に平行に、層流として供給する方法が論理的にあっていると考えられていた。しかし、この方法によって得られる窒化ガリウム薄膜は均一でなく、化学量論的に窒素が少なかった。中村は原料ガスの流し方について従来とは異なる様々な方法を考え、短期間に装置の改造とそれに対応した薄膜のデータを取る実験を500回以上行った。


 最終的には、層流にこだわらず、ガリウム化合物を含む原料ガスを基板に水平に、そして窒素および水素ガスを基板に垂直な方向から送り込む方法が最適であるとの結論に達した。この方法をツーフロー方式と名づけ、1991年、均一な窒化ガリウム薄膜を得た10)。この方法によって得られた均一な窒化ガリウム薄膜のホール効果から求めた電子の移動度は、従来得られていた90cm2/V・sから200cm2/V・sに向上した。さらに、低温バッファ層の上に、ツーフロー方式による窒化ガリウム薄膜を形成したものでは、500cm2/V・sの値を示し、発光デバイス用薄膜として満足すべき特性を示した。さらに1992年に、ツーフロー方式によって、発光波長の最適化と発光効率の向上に必要な、高品質窒化インジウムガリウム三元混晶薄膜の成長にも成功した11)

 中村は低温バッファ層材料についても検討を行い、窒化アルミニウムではなく窒化ガリウムでも可能であることを見出した12)。低温バッファ層に窒化ガリウムが利用できることは、その上にデバイス用窒化ガリウムを形成するため、原料ガスの切り替えの必要がないという利点があり、量産技術として重要な成果である。

4.3. p型層の形成
 p型層の形成方法について、中村は、前述の電子線照射による方法は量産に適さないと考え、新たな方法を検討した。アクセプタ不純物であるマグネシウムを添加し、熱を使ったアニールの効果によってp型化させる試みは既になされていたが、成功していなかった。中村は改めてその問題を検討し、熱の効果を発揮させるには、その他の条件が重要であると考え、水素を含まない雰囲気中で熱処理することにより、添加したマグネシウムが活性化し、p型となることを見出した。その理由として水素原子がアクセプタ不純物と結合しているというモデルを提案しp型化の機構を解明した13)。この水素を含まない雰囲気中で熱処理した窒化ガリウム薄膜は固有抵抗が5桁以上小さく、2Ωcmとなり、1992年、ホール効果測定による正孔の移動度は10cm2/V・sの良好なp型層を得ることに成功した14)

4.4. 発光ダイオード(LED)の開発
 上記の技術により、1991年にはpnホモ接合型で発光効率0.18%、1992年にはダブルへテロ構造で発光効率0.22%の青色LEDを製作した。そして1993年に上記の窒化インジウムガリウムを発光層にしたダブルへテロ構造で発光効率2.7%の青色LEDを製作した15)。これらの成果を基に、日亜化学工業は、1993年、青色LEDを世界で初めて製品化した。その後、発光層に窒化インジウムガリウム量子井戸構造を採用し、発光効率9.2%の高輝度青色LEDを開発している16)

 また中村は、詳細に窒化インジウムガリウム発光層の研究をした。通常格子欠陥が、103個/cm2以下にならなければ青色発光ダイオードの寿命は長続きしないと考えられていた。この窒化ガリウム薄膜には約1010個/cm2の多くの格子欠陥が存在したにもかかわらず寿命は10万時間以上である。その理由は次のように考えられている。窒化ガリウムにインジウムを添加すると、インジウム原子の分布が一様ではなく、極くわずかの組成変動を生じ、その結果として結晶内電子ポテンシャルが一様でなく局在化する。電圧印加により注入された電子は、この局在化したポテンシャル近傍にとどまることになり、格子欠陥に捕捉されることなく再結合して発光するからである。このようなポテンシャルの局在状態の存在は、これまでいかなる単結晶材料においても知られていないものであり、インジウム、ガリウム、窒素の三元系材料で初めて確認された。この構造を意識的に設計、製作する結晶不均一場の研究が始まっている。

4.5. レーザダイオード(LD)の開発
 中村は、開発した窒化ガリウム青色LEDをベースに窒化インジウムガリウム多重量子井戸構造および光閉じ込め層によって、窒化ガリウム青色LDを製作し、高出力パルス発振に成功して、その成果を論文誌Japanese Journal of Applied Physics1996年1月号に発表した17)。この論文は世界中の開発者の注目するところとなり、引用件数が、1997年で160件に達した。

 このレーザ発振成功のポイントは、発光層に20周期の窒化インジウムガリウムの多重量子井戸構造、およびブロッキング層に窒化アルミニウムガリウムを採用したこと等である。さらに中村はクラッド層にGaN/AlGaN超格子構造を採用して室温連続発振にも成功した18)

 青色LDの場合は、LEDの場合に比べて、注入される電子の数が多いため、長寿命化を実現するには、格子欠陥をさらに減少させる必要があった。1998年、その対策としてELOG (Epitaxial Lateral Over Growth) 法19)を用いて、欠陥を1010個/cmから107個/cm2に減少させ、室温での290時間の連続発振を行い、予測寿命が1万時間であると推定した。そして1999年、日亜化学工業において、青色LDの製品化が世界で初めてなされた20)
武田賞TOPへ
back next

Last modified 2002.4.5 Copyright(c)2002 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.