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主催者挨拶


財団法人武田計測先端知財団  理事長
武田 郁夫
武田郁夫




地球上には64億人の生活者がいる。彼ら全ての富と豊かさ・幸せを増大させることを願い、それを意識し続けることが、 科学や技術の本質的な進歩に繋がると考えている。

私は、第二次大戦末期、電気試験所の神代分室で、学徒動員として働くことになった。 神代分室では真空管の研究をしていたが、当時の責任者であった清宮博さんは、量子力学的固体論が半導体産業を起こすことを見通しておられた。 清宮さんに心酔していた我々若い研究者は、量子力学的固体論を必死で勉強した。終戦後、清宮さんが言われた言葉は、今でも鮮明に覚えている。

「日本は戦争には負けたが、半導体産業で世界ナンバーワンになろう。 日本製の半導体製品を世界で一番売れるようにしなければならない。 そのためには、世界に誇る基盤研究に裏付けられている必要がある。」

清宮さんは単なる学者ではなく、学問は世間の役に立つべきもので、新しい学問が人々を幸せにするという、 科学技術と市場を共に見据えた真の大局観をもっておられた方だと思う。 この大局観が重要であるということは、「タケダ理研」というベンチャー企業の経営者となって、身に滲みてよくわかった。

タケダ理研は、デジタル計測器の分野で日本市場のナンバーワンになった後、米国で販売したが、まったく売れなかった。 そこで、デジタル計測器から半導体テスタに方向転換することにした。 半導体テスタの開発には、多くの人材と莫大な資金を投入する必要があるので躊躇していたが、 「半導体産業で世界ナンバーワンになろう」という清宮さんの言葉を思い出した。 垂井康夫先生は、「これからはダイナミック・ファンクション・テストが必須になる」と教えて下さった。 十年以上にわたり、利益のほとんど全てを半導体テスタの開発費に充てた。

当時、NTT通研が、世界で最も複雑で高速な交換機用の半導体を開発していた。 そのNTT通研が、半導体テスタの最初の購買主になり、実際の試験で数多く使用してくれた。 最初の納入品は全て使えないと言われ、引き取って全面的に作り直した。 テスタについてのユーザの要求をつぶさに聞くことが出来たのも非常に有益だった。 こうした努力が実り、タケダ理研の半導体テスタは世界ナンバーワンの製品となり、タケダ理研の事業も大きく発展した。

1986年、日本製半導体の米国への輸出制限と、米国製半導体の日本市場での20%以上のシェア確保を盛り込んだ日米半導体協定が締結された。 このとき、タケダ理研の半導体テスタは、米国の半導体産業に必要欠くべからざるものとして、輸入制限対象品目からは除外された。 また、最先端での競争を見越した技術力のおかげで、安売りをすることもなく、企業利益が確保できた。 世界ナンバーワンの製品とは、そういうものでなければならないと思っている。

なぜ、「世界ナンバーワン」に拘るのか。 それは、全世界に住む64億人の生活者を視野に入れ、彼ら全てに、富と豊かさ・幸せ(生活者にとっての価値)を提供することが企業の使命であり、 その使命を念頭において活動することによって、はじめて企業の成功に繋がると考えているからである。

生活者の富と豊かさ・幸せを考慮した科学・技術への取組みとは、単なる実用化を意味しているのではなく、 「新たな価値」を顧客に提供するという大局観を持って、科学や技術を発展させていくことにある。 実用化のほうが基礎研究より難しいと考えている。基本技術だけで製品化は覚束ない。 細密で付随的な技術開発も必要だ。産総研の吉川弘之理事長は、「第2種基礎研究、実用化につながる研究開発の新しい考え方」という本の中で、 「社会の期待に答えて科学的な知識を社会に役立たせるというループを完成するためには、第2種基礎研究というものが重要である」と説かれている。 私の経験と相通じるところがあり、この考え方に深く感銘している。

科学・技術の進歩によってもたらされる成果は、市場を通して生活者の手に渡る。 今、私は、21世紀の市場は企業と生活者の共創によって造られると考えている。 企業は、自らが作り上げた価値を生活者が市場を通して選択し、その対価として生活者から富を頂く。その富で企業の運営が行われている。 金儲けが先に来るのではない。 最近力を持ちつつあるオープンソースという運営方法も、生活者の選択が方向を左右するという意味では、ある種の市場であると考えても良い。 市場を成り立たせているのは、生活者の選択である。地球上の64億人の生活者が、それぞれ自分の欲するものを選択するのである。 このような生活者の営みの総体が、実際にこれまでの社会を作ってきた。そして、複雑な現代の社会においても、これは変わらないと考えている。

最後に、今年の武田シンポジウムは、「未来に何がみえるか」をテーマとして開催する。 特に、「バーチャルリアリティの世界」に焦点を当てることにしたが、バーチャルリアリティという言葉は広い意味でご理解頂きたい。 「離れた場所を実感する」、「細胞レベルの世界をみる」、「マクロな世界とミクロな世界の動きを同時に解析する」という三つの話題を提供して頂く。 進歩し続けている科学や技術を、実際に「みる」ことを通してお楽しみ願いたい。有益な時間を過ごすことができたと思って頂ければ幸いである。


Last modified 2006.6.6 Copyright(c)2002 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.