The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2001
受賞者
講演録
坂村 健
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坂村 健
   
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 ただ今、御紹介を賜りました東京大学の坂村でございます。

 本日、2001年度、武田賞の表彰式に当たり、武田理事長様始め役員の皆様方、また各界御来賓の皆様方のご臨席(りんせき)のもと栄えある第1回の本賞を賜りましたこと、正確に言いますと明日いただくことになっているのですが、私にとりましてまことに名誉なことであり、改めて関係の皆様方に厚くお礼申上げる次第でございます。

 武田賞は、その趣意書(しゅいしょ)によると、工学知の創造と活用を通じて人類に豊さと幸福をもたらす業績を上げた人に授与されるとあります。このような賞を受賞できましたことは私にとって大きな誇りであり、また喜びでもあります。と申しますのも、私はコンピュータが好きで、その大好きなコンピュータが人類に豊さと幸福をもたらすものになってほしい──そしてそうなれると信じていままで仕事をして来たからです。

スライド02「円グラフ」/03「自動車」/04「カメラ」/05「FAX」/06「LP」/07「携帯」/08「統計」

 おかげさまで、1984年に私が開始した産学協同のTRONプロジェクトで作った組み込み用(embedded)リアルタイムオペレーティングシステムは世界レベルで使用実績No.1という形で21世紀を迎えることになりました。多分皆さんが一番多く触れているコンピュータシステムがTRONです。オペレーティングシステムはコンピュータシステムの中核をなすソフトウェアです。パソコンの世界では世界的にみて米国製OSが席巻(せっけん)していますが、私のTRONプロジェクトの成果が使われているのは身の回りの機器の内部に、です。車のエンジン制御やカーナビ、ビデオカメラ、デジタルカメラ、FAX、レーザープリンター、複写機、携帯電話などの身の回りのあらゆる機器の制御に使われる、いわゆる組み込み型(embedded system)といわれる応用分野です。

 パソコンが普及したために見過ごされがちですが、実は最もたくさんのコンピュータが活躍しているのがこの組み込み型の応用なのです。そして、その分野でTRONが使用実績No.1ということ。例えば、この会場にいらっしゃる方の多くが携帯電話を身につけていらっしゃると思いますが、それがインターネット接続可能な電話ならまず100%、TRONが入っています。「皆さんが一番多く触れているコンピュータシステム」という意味がおわかりになったと思います。

スライド09「人々のまわりにあるコンピュータ」

 コンピュータの研究には、例えばとにかく大量の計算を非常に高速で行えるコンピュータ──車の世界で言えばレースマシンを作るにはどうしたらいいかといった分野もあります。その車のたとえで言えば、私はずっと一貫して小型車のような分野のコンピュータに携(たずさ)わってまいりました。そういう小型車のようなコンピュータは「とにかく小さければいい」といった単純なものではありません。

 「とにかく速いコンピュータ」というのには、結果としてさまざまな需要がありえます。しかし「とにかく小さいコンピュータ」の方は、作っても、小さくした結果あまりに反応が遅いと役に立たないとか。つねに「何に使うか」といった応用に対する意識が要求されます。

 小さいコンピュータほど、人々の身の回りで、人々の生活の中で、大量に使われるもの。ですから、その設計には単に技術だけでなく文化的な側面から商業的側面にいたるまで、人間社会のさまざまなしがらみ、制約が関係してくるのです。

 工学の分野で一番似ているといえば、建築でしょうか。実は、私の専門分野をコンピュータ・アーキテクチャと呼ぶのですが、常にどう使われるかを考え、理想と現実のバランスをとりながら全体デザインを決めていかなければならないというところが、建築とコンピュータ・アーキテクチャの似ているところだと思います。また、実際に作って動いてはじめて意味があるところ、完成までに多くの人々の協力が必要なところも、似ている所でしょう。

スライド10「基礎となるコンピュータ・アーキテクチャ」

 しかし一方、建築とコンピュータ・アーキテクチャは違うところがあります。建築は一つの作品は単独で完結しています。それに比べて、現代のコンピュータ・アーキテクチャは決して一品(いっぴん)生産ではなく、標準規格としてできるだけ広く、できるだけ長く使えるようなものであることが求められます。長く広く使えるものであればこそ、その上に、多様な周辺部品、よりよい開発環境、より使いやすいソフトウェア・ライブラリが育ち、わかりやすい教材といったものもそろいます。こういった周辺の整備がまた、その基礎の上でのシステム構築を容易にするといった良循環が生まれます。

 コンピュータの分野の進展の速さは、人間の7倍の速さで歳をとる犬にたとえて、よくドッグイヤーと言われます。それほど変化の激しい分野ではあるのですが、コンピュータの基礎分野は違います。私のTRONにしてもすでに20年近くの歴史があり、今回一緒に受賞したお二人のやられているUNIXも30年以上の歴史があります。いかにこの種のコンピュータ分野か特殊かということの現れでしょう。

 つまり、私達がたずさわっているコンピュータの基礎部分についていえば、できる限り長く使われることで、その基礎の上に蓄えられる多くの人の努力を無にしないことが重要なのです。だからこそ、その基礎のデザインにおいては、何十年といった将来までにわたって、どう利用されるかのイメージを持つ必要があります。

 コンピュータ・アーキテクチャというのは、とにかく速いスイッチング素子(switching device)を作ればいいというような単純明快さはなく、確かに面倒なこともある分野です。しかし、私にとってはコンピュータが未来の社会でどのように使われるかを考えることはやはり楽しいことでして、つくづく自分に向いた分野だったと思っています。

スライド11「どこでもコンピュータ」

 それでは私のTRONプロジェクトで最初に想定した、将来のコンピュータ利用のイメージがどのようなものだったか、お話したいと思います。

 1970年代に登場したマイクロプロセッサに大きな可能性を感じた私は、将来コンピュータはますます安くなり、身の回りの機器にどんどんコンピュータを組み込む方向へ進むと考えました。やがて、生活空間のあらゆるモノ――天井から壁から床から、その空間の中に置かれている家具や機器に至るまで――にコンピュータが組み込まれるようになる。そして、それらの目に見えないコンピュータがネットワークで結ばれ、協力しながら黒子のように舞台裏で人々の生活や社会を支える――そういう「どこでもコンピュータ」(Computing Everywhere)環境が将来のコンピュータのあり方だと考えたのです。社会全体にコンピュータが入り込むというこのビジョンはTRONが1980年代初頭に世界に先駆けて提唱したものです。当時日本では大規模な人工知能の研究がホットな話題で、私のビジョンに賛同してくれる人はあまり多くありませんでした。むしろ、1990年代になって米国のMITやゼロックスパロアルト研究所で「ユビキタス・コンピューティング」、「パーベイシブ・コンピューティング」などいろいろな名前で呼ばれるようになって関連分野が拡がりました。
 
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