The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2001
受賞者
講演録
坂村 健
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坂村 健
   

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スライド12

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スライド12「トロンプロジェクトの開始時から」

 例えばこの図はTRONプロジェクトの最初のあたり──1987年ごろに発表用に作ったスライドですが、最近の「ユビキタス・コンピューティング」関係の集まりで使っても、誰も昔作ったものとは思わないようです。照明から家具、壁、天井までコンピュータが組み込まれ、それらがネットワークでつながれた「どこでもコンピュータ」環境の絵です。

 テーブルの上を見てもらうとわかりますが「コミュニケーションマシン」と書いてあります。当時から「パーソナルコンピュータ」という言葉はあったのですが、「どこでもコンピュータ」環境には似合わないので、「コミュニケーションマシン」と言っていました。なぜかというと、「パーソナルコンピュータ」は汎用システムという感じがあるからです。それに比べて「どこでもコンピュータ」のコンセプトはさまざまなコンピュータが組み込まれた専用機器が集まって、全体として柔軟(じゅうなん)な多用途環境を構成するというものです。ですから、この机の上にあるのも、コミュニケーションに特化した専用マシンです。で、誰とコミュニケーションするかというと、一に環境、二に他人です。

スライド13「コミュニケーションマシン」

 TRONではイネーブルウェアといって、プロジェクト開始当初より身体障害者対応を考えてきました。定期的に障害者の方々との集まりを持ったり、そのシンポジュウムも毎年開いています。その一つの結論として、「身体障害者対応といっても多様で、これだけやっておけばいいというものはない。といって、すべての機器にすべての機能を持たせるのは不可能。一方、個々の改造で対応したら費用負担が大きい。」結局、「どこでもコンピュータ」環境を前提とするなら、個人の属性にチューニングしたコミュニケーションマシンを各自が持って、それで環境とコミュニケーションすればいいというモデルになりました。

 事実、現在の状況は、汎用のパーソナルコンピュータが特化してコミュニケーションマシンになるのでなく、専用機である携帯電話が高度化していくことにより私が考えていたコミュニケーションマシンになりつつある。しかもバイブレーション機能や文字メール機能などがあるおかげで、耳の不自由な人にとっても使えるマシンに携帯電話は進化した。携帯電話から電気がつけられたり、テレビのリモコンになればもっといい。そういうことで、私は現在、携帯電話の未来形としてのコミュニケーションマシンを研究しています。

スライド14「薬ビンの例」

 今、私が手に持っているのは今の技術で作った最小の部類に入るコンピュータです。この中にCPU、メモリ、暗号回路、通信機能まで入っています。このような小さなコンピュータがいろいろなものの中に入っていきます。これは薬ビンのふたにコンピュータを入れて、同時に飲もうとする薬のふたを開けると、互いに副作用の危険をチェックをして警告してくれるという例です。昔はこれを見せてもピンと来て貰えなかったようですが、今では「薬ビンから『私達二つを一緒に飲むと、副作用がおこる危険性があります』と携帯に電話がかかってくる」というと、わかってもらえます。技術だけでなく、意識の面でも周囲がTRONのビジョンに近づいて来ているなと感じています。

スライド15「焼却の例」

 これは、私たちが使うあらゆる品物の中に微小なコンピュータを入れて、そこにリサイクルのための情報を入れておこうというものです。焼却炉にいれようとすると「燃やすと体に悪いガスがでます」というような警告をはっする。焼却時に最後の力を振り絞って最後のご奉公をするコンピュータというのも泣かせるものがあります。これも今なら笑いがとれるところですが、当時は「コンピュータを焼く?」という不審な目で見られました。

 TRONプロジェクトをはじめようと考えた1980年代には「どこでもコンピュータ環境」といっても、そんなシステムを作るのに使えるコンピュータはまったくありませんでした。「どこでもコンピュータ」の時代にはあらゆる人たち――これは子供から老人まで、言葉の違いや、ハンディキャップのある人たちも含めて、すべての人がなんらかの形でコンピュータを利用することになります。すでに現在でもコンピュータにまったくかかわらないで生活することはできません。将来もっとその傾向は高まります。そのような時代のための、コンピュータは、位置づけも、それに求められるものも変わってきます。そういう「どこでもコンピュータ環境を前提としたコンピュータ体系の構築」を掲げて始めたのが、私のTRONプロジェクトだったのです。



スライド16「TRON電脳住宅」

 さて、今までのお話からもおわかりいただけるようにTRONプロジェクトはトップダウンのプロジェクトですから、将来の利用イメージを重視しています。いささか前後しますが、TRONプロジェクトの考えている「どこでもコンピュータ」環境をもっとイメージしていただくために、1989年に作られたTRON電脳住宅をご紹介したいと思います。 

スライド17/18「VP01電脳住宅」

 TRON電脳住宅は、これは1989年末に東京・六本木に実際に建てた実験用住宅です。扉、天井、壁など住宅を構成するあらゆる要素や設備にコンピュータが組み込まれた住宅で未来の生活環境を、当時の技術で出来る限り実現(emulate)しようとしました。1つの家で、およそサブシステムが400、細かいものまで含めれば1000個くらいのコンピュータが組み込まれていました。

 TRON電脳住宅が、当時イメージされていたほかの「未来電化住宅」と異なっていたのは、コンピュータ・ネットワークを基盤とするネットワーク住宅であったということです。家中にコンピュータ・ネットワークがはりめぐらされていました。ただし、現在のようなコンパクトなLAN機器がない時代でしたから、舞台裏は配線で大変なことになっていましたが_。

 LANはセンサー系、電話系、映像情報系、音響制御系など各設備サブシステムに別れており、地下に置いたハウスサーバーによりデータ管理が行われています。サブシステムがネットワークによって結ばれることにより、お互いに会話して協調して働くことができるようになっていました。例えば、警報システムの情報を照明システムに伝えることで、人が入ってくると自動的に電気をつけたり、人がいなくなれば電気を切るといった機能もプログラムだけで簡単に実現できました。太陽の日ざしのデータは照明システムだけでなく、空調システムにも伝えることで、効率的な温度管理に活かすことができました。

 風が気持良ければ窓が開き、外気の条件が悪くなれば窓が閉まり、空調システムに引き継ぐ。電話を掛けようとすると近くのテレビはボリュームを絞る。このようにサブシステムを越えた協調動作の可能性は、さまざまなものがあります。このような動作を一つ一つ実現するために専用システムを組んでいてはとてもコスト的に成り立ちませんが、「どこでもコンピュータ」環境の基礎が_黷オっかりしていれば、例えば住宅内のあらゆるところの温度や湿度がすべてのサブシステムから共通で見ることができたり、サブシステム間でのデータのやりとりが標準化されていて、好きな機能の実現は簡単です。このようなネットワーク住宅では、一つ一つの機器を他と切り離して考えることはできず、全体を一つのシステムとしてプログラムできる方法論が必要です。
 
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