The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2002

選考理由書
環境系応用分野

選考理由
業績とその創造性
1. はじめに
2. Charles Elachiによる人工衛星からのレーダによる地球環境観測分野の開拓
3. 畚野、岡本による人工衛星からのレーダによる降雨観測システムの確立
4. 生活者にとっての価値の創造
参考文献
図1
図2
図3

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業績とその創造性
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3.畚野、岡本による人工衛星からのレーダによる降雨観測システムの確立

 太陽から海に降り注ぐ膨大な熱を海から水蒸気として吸い上げ、上空で雲や雨滴になった熱帯の雨は大気に熱を与える。この熱が大気を地球全体に循環させ、地球規模の気候に大きな影響を与える。世界の雨の3分の2は熱帯地方に降るといわれているが、熱帯地方のほとんどは海洋や密林で占められており、正確な降雨のデータを得ることはできなかった。気候変動の原因解明や予測には、熱帯域の降雨を正確に測ることが必要である。

  気象衛星は可視および赤外センサにより雲の二次元分布を測定し雨量を推定するもので、直接降雨を観測することはできない。受動型マイクロ波センサSSM/I(Special Sensor Microwave Imager)を搭載した衛星が米国で打ち上げられ、海上の降雨についてある程度定量的な測定が可能になってきたが、分解能が数十kmと粗く、また降雨の高度分布や陸上での定量的な観測ができなかった10)

  畚野と岡本は1970年代中頃、衛星放送および衛星通信に対する雨の影響、いわゆる電波障害の研究から着想を得て、衛星搭載用降雨観測レーダの開発に着手した。1979年、航空機搭載用二周波雨域散乱計/放射計システムを開発した。当時熱帯降雨観測を考えていたNASAは、この成果に注目し1980年に共同実験を提案し、1983年からの2度の実験を経て、1986年日米共同の熱帯降雨観測衛星(TRMM)プロジェクトが始まった。その中核となる降雨レーダを担当した日本側では、畚野がプロジェクトの推進を、岡本が技術開発を担当した。プロジェクトには中断などの紆余曲折はあったが、1989年パリサミットで地球環境問題が議論されたことで日米の空気が一変し、開発に拍車がかかった。1997年世界初の衛星搭載降雨レーダとして、HUロケットによる種子島からの打ち上げに成功した11)。 

  降雨レーダの主要な技術的ブレークスルーは以下のようであった12)
(i) 通常の地表面および海面からの散乱に比べて極めて弱い降雨散乱を350km上空から観測するために、アンテナの送受信信号の低サイドローブ化を実現して、降雨散乱による信号のみを効率よく取り出せるようにし、また、レーダ周波数は通常の3倍、14GHzを採用した。
(ii) 秒速7kmのきわめて高速で飛行する衛星から、地上215kmの幅を隙間なく観測し、かつノイズを減らすために、128組のエレメントから成るアクティブフェーズドアレイアンテナを採用し、S/N比をあげるために13.796GHzおよび13.802GHzを利用したアジリティ法を用いた。14GHzという高周波数でアクティブフェーズドアレイアンテナを達成したのはいまだに世界でこの降雨レーダだけである。
(iii) アクティブフェーズドアレイアンテナを実現するために固体マイクロ波素子を採用し、128のアンテナエレメントの振幅と位相の安定性を確保した。固体素子1台では所要の電力を得ることができなかったが、アンテナを128のエレメントで構成するアレイアンテナとし、各エレメントに1台ずつの固体電力増幅器を接続して所要の電力を得た。このように各アンテナエレメントに能動素子が接続された構成のアクティブフェーズドアレイアンテナではきわめて高速かつ複雑なアンテナ走査を達成できる。

 この衛星により豪雨、台風などの降雨の精密な三次元構造が数多く観測でき(図2)、データの精度や均質性は世界の研究者の予想を大きく上回るものであった。データは世界中に公開され、多種多様な研究の進展に役立っている。

  降雨レーダの重要な成果の一つは、陸上の降雨も海上と同じように高精度で均一に測定できるようにしたことである。正確なデータが得られたために、熱帯、亜熱帯地域の降雨分布や、降雨の日、年、および長期の変化を記録できるようになった。

  1998年1月から2001年12月にわたって熱帯、亜熱帯地域を観測した結果から、一ヵ月毎の雨量分布に整理したデータは、1998年5月頃まで続いていたエルニーニョ発生時と正常時の降雨分布の違いを初めて克明に捕えた13)図3)。 通常の年には、東南アジアに最も多くの雨が降るが、エルニーニョ年には雨の強い領域が東に移動していることがはっきりと捕えられている。また、1年を通して午前と午後の雨の降りかたが地域によってどう違うかを捕えることもできた14)。 
 また最近、気象庁では降雨データを気象予報に使う検討を始めた15)

  降雨レーダが降雨観測に費やす時間は飛行時間の10%程度で、残りの時間は地上を観測している。この利用されていなかった90%の観測情報から、地球全体の土壌水分分布および地表面が何に覆われているかを解析できる手法を沖大幹が開発した16, 17)。モザンビークの大水害の状況や、揚子江流域周辺の土壌水分量が大水害に先だって増加していたことも捕えていた。

  D. Rosenfeldは、森林火災により発生する煙や砂漠の粉塵といった多くの微細粒子が空中に存在する場合には、通説に反して雨が少なくなるという説を発表していたが、この説が降雨レーダのデータで裏付けられている18, 19)。これは旱魃地域に対する有効な対策につながる。

  最近、地球環境の変化を予測する地球シミュレータの分解能が5kmに向上し、降雨レーダの地上分解能4kmと同程度になってきた。正確な降雨レーダのデータが地球シミュレータに使われることで地球温暖化や気候変化の予測モデルの改良や予測の精度向上に役立つ環境も整ってきている20)

  衛星搭載降雨レーダを中心とした熱帯降雨観測ミッション (TRMM) が大きな成果をあげたことを受けて、日本、米国を中心に欧州も加わり、後継ミッションとして全球降水観測計画GPM (Global Precipitation Measurement)が2007年打ち上げを目指して計画されている。畚野と岡本らが最初に開発した二周波降雨レーダを中心に据えたコア衛星と8基のマイクロ波放射計搭載衛星が連携し、一段と精度の高い観測が期待できるとともに、全球の降雨を3時間刻みで観測する計画である21)
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