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第20回レポート
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第20回リーフレット

第20回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)
日時:  2008年7月28日



異端児のみる生命 「雄と雌をめぐる謎」 BACK NEXT

三井:第20回のカフェ・デ・サイエンスを始めたいと思います。今日は専門家として、大島泰郎さんと長谷川眞理子さんに来て頂きました。

今日のテーマは「雄と雌をめぐる謎 ー 競争と協力と葛藤」ということで、皆様がお寄せ下さったコメントを拝見しますと、やはり人間のことに最も興味がおありのようですが、これまでの異端児シリーズで何回も出てきましたように、人間というのは生物として特殊だということがありますから、始めから複雑な人間の話になるより、最初は、生物一般の雄と雌の謎についてお話をして頂き、人間の話は後半にしたいと思っています。

では、最初に、長谷川さんからお話をして頂きます。

長谷川:今日はたくさんの方々にお出で頂いて、とても嬉しく思っています。

私の専門は、動物の行動と生態の進化を研究する行動生態学ですが、出身は東大の理学部・人類です。東大の理学部生物学科には、動物学、植物学、人類学とありますが、人類学は人類の進化が眼目の学科で、そこで博士課程まで進みました。

私は、19世紀的な探検がしたくて、アフリカに憧れていました。 ジャングルの中で、電気無し、ガス無し、水道無しという生活をしながら、野生動物を観察したかったのです。私が学生の頃、東大で野生動物を野外で研究できる教室はほとんどありませんでした。人類学の教室だけ、人類の進化に関係があるサルなら山の中で追いかけてもよいということでしたので、チンパンジーにも人類の進化にも興味はなかったのですが、ともかく探検がしたかったので、人類学教室に入りました。

その後、念願が叶ってアフリカに行けることになりまして、タンザニアの山奥で野生のチンパンジーを観察しながら、2年半を過ごしました。 ここでは、私がチンパンジーの雌の繁殖行動を、夫がチンパンジーの雄の繁殖行動を研究していました。しかし、博士論文を書く頃になっても、なかなか研究の焦点が定まらなかったものですから、もう一度勉強し直そうと思い、博士号を取った後でイギリスへ行きました。

イギリスへ行く前辺りから、雄と雌とは何であるか、雄と雌はどのように違うのか、なぜ違うのか、何が雄をこのようにさせているのか、何が雌をこのようにさせているのか、というようなことを、微生物ではなく、大型動物で知りたいのだということが分かってきましたので、哺乳類の行動と生態における雄雌の違いの研究では第一人者であるTimothy H. Clutton-Brock(ケンブリッジ大学教授)という先生のところへ行きました。イギリスでは、ダマジカとヒツジについて、とても楽しく研究をすることができました。

帰国してからもいろいろな動物をやりましたが、最近十年間はクジャクの研究をしてきて、極最近、新しい研究結果を出しました。雌を惹き付けるのは、雄の羽にある派手な目玉模様の数ではなくて、雄の鳴き声だったというもので、それは、割とセンセーションを巻き起こしています。来月、国際行動生態学会で発表する予定ですが、侃々諤々があると思いますので、楽しみにしています。

45歳を過ぎた辺りから、ようやく人間に対する興味が湧いてきて、人間のことを考える自信がついてきました。それまでは人間について科学的な切り口で考えてゆくには、私自身が人間を知らなさ過ぎたのだと思います。男とは、女とは、ということが、何となく、自分の経験の総体から言えるような気がし始めた8年程前から、ヒトのほうに研究がシフトしています。

雄と雌に関しては、「7つの謎」というのを挙げています。いずれも、いろいろな仮説はありますが、まだ完全には解明されていません。

第一番目の謎は、そもそも、なぜ「性」があるのかということです。分裂して増えてゆくほうが効率は良いのに、他の遺伝子と混ぜ合わせるような繁殖の様式ができたのはなぜか。つまり、無性生殖から有性生殖が起こったのはなぜかということです。

第二の謎は、なぜ雄と雌という2つのタイプがあるのかということです。 他の遺伝子を混ぜ合わせることが性の本質だと言われますが、なぜ他の遺伝子なら何でもよいということにはならないのか。

第三の謎は、カタツムリのように、雄と雌の生殖器官を両方持っている生き物や、雄しべと雌しべを持っている植物は全て雌雄同体ですが、ほとんどの動物は、専門の雄と専門の雌に分かれている雌雄異体です。また、性転換する生き物もいます。なぜ、このような生き物がいるのでしょうか。

第四の謎は、今日のテーマの一つである競争です。ひとたび雄と雌ができてしまうと、相手を獲得しなければ繁殖できませんから、いろいろな競争が生じてきます。雄と雄が争って雌を獲得する競争もあれば、雌と雌が争って雄を獲得する競争もある。その競争関係は、どのように現れてくるのでしょうか。それは動物によって様々ですが、全体として、雄雄競争のほうが、雌雌競争よりも激しいのが普通です。

第五の謎は、配偶者を選ぶときの選り好みの問題です。鹿の雄同士が争って勝ち残ったほうが雌を獲得するとか、大きなアザラシの雄が争って勝ち残ったほうが100匹の雌と配偶するというのはあります。しかし、そうやって選ばれた雌は、勝ち残った雄が好きなのでしょうか。必ずしも好きだとは限りません。では、何を基準にして選り好みをするのか。雄から雌に何らかの資源を提供する場合には、資源の質が問題になります。しかし、何も提供しない場合にはどうなのでしょう。配偶者を選ぶときの選り好みが注目され始めてから20年程経ちますので、もの凄い量の研究がなされていますけれど、今一つ、よく分かっていません。

クジャクの雌が雄を選ぶときの基準は雄の羽についている目玉模様の数だというのは、行動生態学の教科書にも載っていますから、それを覆すような私達の研究結果を聞きたくない人はたくさんいます。でも、見つけてしまったのだから仕様がない(笑)。

第六の謎は、雄と雌との葛藤です。雄と雌は、最終的には協力して子供を残すようにしないといけません。特に、子供を育てるのが大変な動物では、かなり長い間協力し合う必要があります。ところが、自分の繁殖にとって最適なやり方は、雄と雌とでは必ずしも一致しません。雄も雌も自分のやりたいようにやっていると、双方の間に様々な齟齬を生じ、軍拡競争まで起こして突拍子もないことになるということが、ここ10年くらいの間に、いろいろなレベルで、また、いろいろな動物で分かってきました。

例えば、雄が毒を出して、雌を早死にさせるという酷いハエがいます。他の雄の精子がくる前に、自分の精子で卵を受精させてしまえば、もう雌は死んでもよいわけです。雌は、殺されるのが嫌だから、解毒剤を進化させます。そうすると、雄はもっと強い毒を進化させ、雌ももっと強い解毒剤を進化させて(笑)、というような軍拡競争が起こることになります。今そこで何でもない顔をして交尾している2匹のハエが、実は、強毒を出している雄と、強力な解毒剤を出している雌だったりするわけです。そこへ、軍拡競争のない系統を一緒にさせると、解毒剤の無いほうの雌はイチコロに死んでしまいます。軍拡競争を経てきた種類は、双方の力が拮抗していて、ほんの少しだけ雄のほうが強くなったり、ほんの少しだけ雌のほうが強くなったりと、非常に不安定な状態にあります。そんなことをやっているくらいなら、最初からしなければよいのに(笑) と思いますが、どうも必然的に起こるようです。

そして最後の第七の謎が、人間における配偶者の獲得競争と、配偶者選択と、男女の協力と対立がどのように現れるかということになりますが、これは、後半に回しましょう。

三井:面白いお話で、このまま聞いていたいという誘惑にかられますが(笑)、それではカフェ・デ・サイエンスの主旨に反しますので、次に、性の起源に関する辺りを、大島さんにお話して頂きます。

大島:長谷川先生は多くの講演をされていますが、こんなに近くでお話を聞いたのは初めてですので、もうすっかり満足して、このまま帰ってしまってもいいような気分です(笑)。また、たくさんの著書をお書きになっていますが、連載で書かれているエッセイには毎回痺れています。ベストセラーもありますから、印税の収入だけでも大変なのではないかと思いますが・・・


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Last modified 2008.10.14 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.