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第20回レポート
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第20回リーフレット

第20回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)
日時:  2008年7月28日



異端児のみる生命 「雄と雌をめぐる謎」 BACK NEXT

三井:人間以外の哺乳類に愛情が無いわけではないと思いますが、人間の愛情の根源となっている生物学的な基礎というのはどこにあるのでしょうか。

長谷川:C. Sue Carter(University of Maryland)という女性研究者が、愛に関する内分泌学の分野ですごい研究をしていますが、ずっと一緒にいたいという愛着行動には、オキシトシンやバソプレッシンが非常に大きな役割を果たしています。例えば、雄と雌が協力して子育てするカリフォルニアネズミ(Peromyscus califormicus)は、雄雌共にバソプレッシンの量が多いのです。それとは別に、雄はどこかへ行ってしまって、雌だけで子育てするという種類の雄のネズミにはバソプレッシンのレセプターが少ないので、この雄は子供に愛着を感じないのだろうという推測ができます。

人間の場合には、これから父親になるという人のホルモン状態を分析した研究があります。妻の妊娠が判ったときから出産までの間、毎月唾液を採って、そこに含まれているホルモンを調べると、奥さんと仲が良くて、子供を作るのが楽しくて、すごく期待している父親は、妊娠が分かった時点から、テストステロンという男性ホルモンのレベルが下がって、コルチゾンなどが上がってきます。すると、攻撃性が弱くなって愛着が増えてくるわけです。子供なんか欲しくないと思っている男性ではどうかというのを調べたいのですが、そういう人は、このような研究に協力してくれないので、サンプルが採れません(笑)。

チンパンジーの雄はそのようなホルモン・レセプターの数が少ないのですが、人間の男性は、まだ誰も調べていませんが、カリフォルニアネズミと同じように、 愛情を感じるレセプターが脳内にたくさんあるはずです。

合志:今の日本では平均寿命が80歳を超えていますから、70歳の人が90歳の親の面倒を見るという状況になっています。これでは、親と子の愛情でというより、祖父母と孫の関係で何とかしなければいけないのではないかと思いますが、生得的な愛情でないと、それは難しいような気もします。こうした高齢化社会が、生得的な親子間の愛情にも影響するようになるのでしょうか。

長谷川:人間の共同繁殖の担い手の中には、当然、お爺さんやお婆さんの世代が入ってきます。繁殖は35歳くらいで止めるのに、その先延々と生きているということには積極的な意味があると思います。チンパンジーはどんなに頑張っでも55歳で死んでしまいますが、人間の潜在最長寿命は90年から100年あって、1万年前でも、運が良ければ長生きできたのです。ですから、孫に対する愛情が、子供に対する愛情と異なった形で存在するというのは、生得的なもので、文明の副産物ではないと思います。

今の高齢化社会は、ほとんどの人が生き延びられるようになったために、人口構成に歪みが生じているわけです。しかも、それが元気なお年寄りばかりではないし、70歳の人が90歳の親の世話をするといった、これまでの進化の歴史の中では起こり得なかったことが頻繁に起こるようになった。そういうことが問題なのだと思います。

大島:男性のホルモン状態を出産までの期間しか調べていないのは、とても惜しいと思います。男としての経験から言うと、子供に対する愛情は、妻の妊娠期間中には関心がなくても、出産後にどんどん強くなってくると思うのです。それから、孫が産まれたときの祖父母のホルモン状態も調べたらよいと思います(笑)。

C:人間というのは、遺伝的な要素よりも、産まれた後の家庭環境や教育に委ねられている部分が非常に大きいと思っています。先日起こった秋葉原事件の犯人の母親が、「私の教育が間違っていました」と言っていましたが、よく問題を起こす子供は親に問題があるのではないかと思っています。幼児期に虐待を受けると、その影響はなかなか抜けないと言われていますし、昔から、子供が配偶者を選ぶときは、その親を見ろと言います。その辺はどのようにお考えでしょうか。

長谷川:遺伝と環境の影響については、そうした論争がずっと続いてきたわけですが、今は、「遺伝と環境の相互作用である」というのが結論です。講演などで、相互作用だという話をすると、途端にイメージし難くなるようで、「ところで、遺伝が何パーセントですか」と質問されます。「何パーセントではなくて、両方の相互作用だと言っているでしょ!」と言うと、「そうすると、どちらが強いんですかね」(笑)。

人間の脳の働きは非常に複雑なので、昔はその遺伝的基盤のようなものを解明できなかったのですが、生育歴のほうは分かりますので、「こういうふうに育ったから、こうなんだね」と言うことはできたわけですね。

実は、反社会的な行動をした札付きの犯罪者の生育歴と遺伝子をスクリーニングした研究があります。調べてみると、幼児期に何らかのすごいストレスを被った人が、必ずしも札付きの犯罪者になるわけではありませんでした。しかし、札付きの犯罪者になった人の一部は、確かに養育経験が酷くて、何らかのストレスがありました。そういう人達の遺伝子をスクリーニングして引っ掛かってきたのが、モノアミンオキシダーゼという神経伝達物質などを酸化する酵素で、様々なタイプがあります。つまり、ある特殊なタイプのモノアミンオキシダーゼをもつ人が、幼児期に凄いストレスを受けると、大人になってから反社会的行動に出やすくなるらしい。こうしたことが分かりかけています。

そうは言っても、産まれた子供のモノアミンオキシダーゼのタイプを調べて、犯罪者になる可能性があるから、幼児期にストレスをかけないように育てようとしても、幼児期のストレスが何かというのはよく分かりませんね。親の離婚はよく問題になりますが、喧嘩しているところばかりを子供に見せているのも良いことではないでしょうから、遺伝子だけ分かっても仕方ありません。しかも、遺伝子の多型も環境の多型も非常に多い上に、それらの様々な組み合わせがあるのですから、遺伝と環境の問題は実に複雑です。

そういう研究を通して、自分のことを考えると、私は異常なところをいっぱい持っています。何の異常もない普通の人なんていないと思います。皆、いろいろなところに、いろいろなデコボコがある。人間が素晴らしいのは、デコボコのある人同士が協力し合って、何となく正常な社会を営めるところだと思います。

F:ある子供が生まれたときから十歳までの成長を記録したNHKのドキュメンタリー番組の中で、三歳くらいまでの間に我慢することを躾けると、ある物質が分泌されるようになるが、その物質を分泌することなく成長してしまうと、自分を制御できなくなるという話がありました。今の若者が切れる現象と関係があるのでしょうか。

長谷川:その番組は、チョコレートか何かを目の前に置いておいて、「我慢していなさいよ」と言って、研究者が部屋から出ていってしまったら、チンパンジーと犬と人間の二歳児で、誰が一番最後まで我慢していたかというものだったのではないかと思います。答えは犬だったのですが(笑)、確かに犬にはお預けが効きますね。

要は、抑制系をどういうふうに働かせるかというのはとても大事なことだ、という研究の紹介だったと思います。情動は大脳辺縁系が関わっていて、いろいろなことをやりたいと思うわけですが、認識に関する前頭葉では、やりたいことに優先順位を付けて、どれかに抑制をかけます。抑制系の神経にはドーパミンとかセロトニンなどが働いています。

犬にもアルファ雄がいて、その犬に従って皆で共同狩猟をします。つまり、犬も人間も共同作業をするわけです。共同作業をするときには、いろいろな欲望に優先順位を付けて、一番良いことをするように、どこかに抑制をかけなければいけません。人間は、そういう抑制装置を本来身につけている生き物だということです。

ところが、チンパンジーというのは抑制が利かないのです(笑)。チンパンジーは、ADHD(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder: 注意欠陥・多動性障害)のモデル動物ではないかと、私は思っています。しょっちゅう怖がっているし、人のことをキョロキョロ見ているし。

それはさておき、神経が効率よくパルスを伝達するために、神経の軸索はミエリンという絶縁体に覆われています。抑制系の神経は、この絶縁体のできるのが一番遅いらしい。人によっては、20歳くらいまでかかるそうです。思春期というのは、抑制の効かないことが多いものですが、それはミエリン化ができていないからだと思われます。だから、思春期の子供に対しては、それを勘案して対処しないといけません。


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Last modified 2008.10.14 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.