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第22回レポート
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第22回リーフレット

第22回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  川戸佳(かわと・すぐる)
日時:  2008年12月22日



異端児のみる生命 「生物時計」 BACK NEXT

三井:今日は天気も悪く、年末でご多忙な時に、しかも連休の谷間にも係らず、カフェ・デ・サイエンスにご参加下さいまして有り難うございます.

今回は「生物時計」というテーマでお話を進めたいと思います.専門家として来て頂いたのは川戸佳さんと大島泰郎さんです.最初は川戸さんにお話して頂きますが、たってのご希望でスライドをお使いになります.

今日のテーマである「生物時計」ですが、「体内時計」という言葉のほうがお馴染みかもしれません.ここでいう時計は、単細胞の生物も、植物ももっていますので、動物の場合は「体内時計」でもよいと思いますが、全ての生物を対象にする場合には「生物時計」という言葉になるわけです.「サーカディアン・リズム(circadian rhythm)」いう言葉もよく耳にしますが、サーカディアンというのはラテン語で、「サーカ(circa)」は「だいたい」とか「大凡」、「ディアン(diem/dian)」は一日という意味で、日本語では「概日リズム」とも言いますね.このようなリズムは、日単位だけでなく、週単位や月単位、あるいはもっと長い周期のものもあるそうです.

では、川戸さんに、ご自分の自己紹介も含めて、私たちが予め知っておいたほうがよいと思われることなどを少しお話して頂くことにします.

川戸:私は元々物理学科の出身ですが、現在は、東大大学院の総合文化研究科広域科学専攻というところで脳科学の研究をしています.脳科学の中でも、特に記憶と学習に影響を及ぼす性ホルモンやストレスホルモンの影響を調べてきたのですが、そういうニューロステロイドと呼ばれるものが時計と密接な関係にあるということがわかってきたこともあって、最近は体内時計の話をする機会が多くなっています.先日、セイコーウオッチ株式会社の主催で行われた「時を刻む」というシンポジウムでも話をしました.そこで大島先生がお聞きになり、「面白そうだから話題提供して下さい」ということで、お引き受けした次第です.

この会合は、専門家がパワーポイントを使って何となく分かったような講演をする場ではなく、話し合いをする場であるから、パワーポイントのようなものはなるべく使わないで欲しいと言われたのですが、皆さんが考えるヒントになるようなスライドを3枚だけという約束で使わせてもらうことにしました.先ずその映像をお見せしたいと思います.

1枚目のスライド:体内時計は体のあらゆる場所にありますが、その時計の中枢は、頭の真ん中の視交叉上核(SCN: suprachiasmatic nucleus)というところにあります.左目から右の視覚野へ伸びる神経と、右目から左の視角野へ伸びる神経が交差しているところです.

2枚目のスライド:体内時計の遺伝子はたくさんありますが、その代表とも言えるのが"period"という遺伝子です.その遺伝子の後ろにホタルの光を発するためのルシフェラーゼ遺伝子を付けて、periodが転写されたときに光るようにします.真っ暗な中で超高感度カメラによる撮影を続けると、24時間周期で光の明暗の強度が変わって、時計が振動している様子がわかります(映像).培養している脳の細胞は、一ヶ月経っても24時間周期の振動が続いています.ところが、肝臓の細胞にある時計は、4日くらいで振動しなくなります.これは岡村均先生(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座システムバイオロジー分野)のデータです.

3枚目のスライド:腹時計などというものはあるのかどうかわからないと言われてきたのですが、肝臓にある時計が腹時計ではないかという説があります.しかし、腹時計はどうも一つではなさそうで、脳の中に腹時計があります.時計の中枢は視交叉上核にありますが、それに近い視床下部の背内側核というところにあるのが腹時計だと言われています.ラットを空腹でも餌にありつけない状態にすると、通常は餌が与えられる時間に、この場所でperiodが発現します.空腹でなければ現れてきません.

時計の研究はずいぶん前から行われていましたが、分子的な実態は難しくてなかなかわかりませんでした.1990年代にはショウジョウバエを使った研究が盛んに行われるようになり、時計が狂っている突然変異体を調べる実験を通して、periodやtimelessと呼ばれる遺伝子が発見されました.これらの遺伝子が壊れた突然変異体は時を刻めなくなるわけです.ショウジョウバエの研究者は非常に興奮していましたが、哺乳類やヒトの研究をやっている人は、「たかがハエでは何もわからない」と言っていました.ところが、ここ10年でその状況が全く変わってしまいました.ヒトにもショウジョウバエと非常によく似た時計遺伝子があって、それが私たちの時を刻んでいるということが分かってきたからです.ショウジョウバエにはperiod遺伝子が一つしかありませんが、ラットやマウスになると3種類のperiod遺伝子(Per1, Per2, Per3)があって、もう少し複雑な制御をしていますけれど、基本的には同じようなDNAの塩基配列をもっています.

24時間の時を刻む時計の研究はこの10年間で爆発的に進みましたが、1ヶ月を認識できる時計もあれば、シーズンを認識するカレンダーもあります.そして、髪の毛、皮膚、血管、内蔵などから細胞を採ってきて調べてみると、その全てに時計があります.それ程多くの時計をどのように統合し制御しているのかという大きな謎を解くために、皆、一所懸命に研究しています.

ありとあらゆるところに時計があるということはわかりましたが、実は、時計の無い細胞が一つあります(精巣の細胞).それには一体どういう意味があるのでしょうか.

時計は、ずれてゆくという問題もあります.代表的なのはジェットラグで、遠くの国に航空機で行くと、時差ぼけになります.1週間も経てば元に戻りますが、どうしたらずれが元に戻るのかというような研究も進んでいます.要は、中枢にある時計は、いかなる状況にあっても、24時間周期で発振し続けますが、体にある時計は中枢時計の助けを借りなければ24時間の時を刻むことはできないということです.

中枢時計は視交叉にありますので、光によってずれた時間を元に戻す補正機能をもっています.時差ぼけは、グアムやタイのように近いところに行く場合は治すのも簡単だと思いますが、ニューヨークやロンドンなどは完全に夜昼が逆転してしまうような所です.動物を使った実験でも、昼夜を逆転すると、まともな対策をとることはできないことが分かっていますので、単純に光を当てるだけでアジャストできる場合もありますが、全くコントロールが利かない場合もあります.

また、時計というのは非常に高度な機能です.そういうものが、実はどんなに単純な生物にもあるのです.さすがにウイルスでは見つかっていませんが、生き物として認められるようなものには全て時計の発振機構が備わっています.現在時計の存在が確認されている最も簡単な生物はシアノバクテリアです.それは三つのタンパク質だけで24時間周期の時を刻むことができます.

地球に生命が生まれたとき、そこに時計というものも生まれました.その構造は、高等動物では複雑で巧妙になりましたけれど、基本的な仕組みは保存されていて、あまり変わっていません.このようにいろいろなことがわかってきましたが、それも驚くようなことばかりです.


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Last modified 2009.03.24 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.