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第22回レポート
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第22回リーフレット

第22回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  川戸佳(かわと・すぐる)
日時:  2008年12月22日



異端児のみる生命 「生物時計」 BACK NEXT

三井:潮の干満との関係はどうでしょうか.

川戸:満潮か干潮かを感じる海辺の植物は見つかっているのですが、陸上にある植物の中で、月の時間を感じるものは見つかっていません.

三戸:葬儀屋さんから聞いた話ですが、満月にお葬式が多いそうです.

三井:死ぬときは引き潮のときが多くて、生まれるのは満ち潮が多いと言いますね.

川戸:この10年で、時計の遺伝子は山のように見つかりましたので、今後、そういう現象に関する遺伝子もどんどん見つかってくるのではないかと思います.

実は、食欲に関係するホルモンが昼間の覚醒の信号にもなっているということがわかってきました.つまり、食欲を増進させるホルモンが出てくると、覚醒作用が強くなるわけです.ホルモンは非常にたくさんありますが、そういうものと時計との関係も追々わかってくるでしょう.

私が不思議に思っているのは、朝の信号が出る前の4時頃に性ホルモンが一過性に上がることです.これはホルモンの関係者の間では非常に有名な話ですが、学問的にはその理由が全くわかっていません.ですから夜勤で4時頃に働いていると、性ホルモンの制御が乱れるのではないかと思います.私は、脳が性ホルモンを作っていることを発見して、それを研究していますが、性ホルモンというのは、第二次性徴で男と女を作るだけではなくて、神経の活動度を上げる働きをしているわけです.

実は、そのことに関して、面白いことが二つあります.先ず一つ目.脳の中に女性ホルモンが多いのは、雄と雌、どちらだと思いますか.(「普通に考えれば、雌でしょう!」)

雌の体には女性ホルモンが多いのですが、実は、雄の脳の中の女性ホルモンのほうが雌の脳の中より圧倒的に多いのです.脳と体は全く違うということです.脳の中の女性ホルモンは、記憶学習や精神状態に大きな影響を与えています.そういうものがサーカディアンリズムで増えたり減ったりしているわけですから、夜勤をしている方は、精神状態を正常に保つのはかなりの努力を要するのではないかと思います.

大島:雌の脳の中に女性ホルモンが少ないとすると、それに変わるものがあるのですか.

川戸:そこはよくわかっていません.それから、もう一つの面白いことは、私が発見したのではなくて、ずっと以前からわかっていたことですが、人間は母親の胎内で男か女かが決まりますが、ラットやマウスは生まれてから決まります.つまり、脳も体も雌雄が決まっていない状態で生まれてきますので、性ホルモンを注射してどうなるかという実験ができるわけです.体に女性ホルモンを注射すると雌になります.では、脳に女性ホルモンを注射するとどちらになると思いますか.雄になります.女性ホルモンというのは、脳の中では雄をつくるホルモンなのです.

本にはホルモンの役割は全てわかっているかのように書いてありますが、半分以上わかっていません.その濃度が時計によって上がったり下がったりするわけです.血液中の濃度は比較的簡単に測ることができますが、脳の中の濃度を測るのは非常に大変で、我々が、ようやく質量分析器で測定することに成功しました.脳の中の性ホルモンが精神状態をコントロールしていると言いましたが、現状はその量を測れるか測れないかという段階にすぎません.正に科学のフロンティアです.体のほうの時計は非常に研究が進みましたが、脳の時計がどう規定されているかは全くわかっていません.体の細胞は、いろいろなところから採ってくることができますが、特に人間の脳は絶対に採ってくることはできません.動物の脳にしても、小さくて、しかも殺さないと手に入れるのは難しい.時計の研究は、これからやることがたくさんあります.

三井:『時間の分子生物学』という本に、食欲をコントロールするホルモンはオレキシンだと書いてあります.

川戸:最近は物忘れがひどいから、女性ホルモンを注射しないといけませんね(笑).

三井:女性ホルモンは注射しないと効かないのですね.

川戸:私が最も良いと思っているのは、スプレーで鼻から吸入する方法です.薬として飲んでも胃や肝臓で分解されてしまいますから、決して脳には届きません.麻薬は炙って鼻から吸いますから、確実に脳に行きますね.北米神経科学会でも、ようやく臨床で使う方法が研究されてくるようになりました.

大島:それで時差ぼけの薬はできませんか.

川戸:メラトニンも飲むのではなくて、鼻からシュッと入れるようにすれば、できると思いますね.

大島:私の経験では、メラトニンは飲んでも効ききませんよ.理屈からいっても効かないのでしょうが、効かないと思いつつ飲むから全く効かない(笑).鼻からというのは良いかもしれませんね.

川戸:更年期の女性に女性ホルモンの補充療法をすると、頭のほうも治るということがあって、男性にも女性ホルモンを投与するという臨床試験が、かなり前のことですが、関東の病院で行われたことがあります.1年間くらい続けたところ、乳房が膨らんでくる前に、精神状態のおかしくなった人がいて、投与は中止されたそうです.脳と体ではホルモンの効きが全く違いますから、脳だけにホルモンを入れることが今後とても有効になると思います.

F:タミフルというインフルエンザの薬は口から飲みますが、リレンザという薬は鼻から入れる薬ですので、脳に行くわけですね.

三井:インフルエンザウイルスは、先ず喉や鼻の粘膜に感染しますから、鼻から入れるほうが有効なのだろうと思います.

それから、皆さんのご質問が多いのは、年をとると時間が早く経つように感じるのはなぜかということですが、そこには、感覚的に時間をどう捉えるかという問題が入ってきて、かなり複雑になりますね.その辺のことを書いているのが、先程ご紹介した『大人の時間はなぜ短いのか』という本ですけれど.

大島:24時間周期で時を刻んでいる脳の中の時計は年齢と共に変化しないのですか.元の時計の周期が伸びてきたから、早く感じるようになるとか.

川戸:プラスマイナス30分くらいの誤差範囲で、赤ん坊からお年寄りまで全く同じだということです.

三井:北極と赤道といった地域的な差というのはあるのでしょうか.

川戸:厳密に言えば、特定の地域に住んでいる人をその場で調べたわけではないので、まだ実験は終わっていないということになりますが、24時間で動いているはずです.とにかく、バクテリアにしろ、植物にしろ、24時間で動かなかった時計はこれまで見つかっていません.朝の光が当たると多少早くなり、夜の光りが当たると多少遅くなるということはありますが、そういうことを除けば、生物時計は24時間で時を刻んでいるということです.

三井:朝を告げるホルモンが同じ時間に出てしまうと、北の人と南の人では困るのではないかと思いますが.

大島:夏と冬でも変わらないのですか.冬になると寝坊しやすいということはないですか.

三井:「春眠暁を覚えず」と言うのもあります.

川戸:寒いので、布団から出てきたくなくなるということではありませんか(笑).寒がりの人は、なかなか起きてきませんね.

「春眠暁を覚えず」の時期は、一年で最もホルモンの制御が変わる頃です.木の芽時には、精神を病む人の症状が悪化するということは、多くの症例で分かっています.それが時計によるかどうかはわかりませんが、時計の研究者は、「時計とは関係ない」と主張するのではないかと思います.

大島:大学にいると五月の変化は実感しますね.四月は講義室が満員ですが、五月になると減ってしまいます.そのことに科学的な裏付けがあるとは思わなかった(笑).


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