The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第23回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
第23回リーフレット

第23回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  永田和弘(ながた・かずひろ)
日時:  2009年3月23日



異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 BACK NEXT

三井:今日は、ゲスト講師として京都から来ていただいた永田和宏さんと、いつもホスト役を務めてくださっている大島泰郎さんと共に、「細胞におけるタンパク質の品質管理」というテーマで、お話を進めていきます.工業製品の品質管理とは勝手が違って、細胞の中はイメージし難いだろうとは思いますが、いつものように、どうぞ活発にご発言下さい.

では、永田さんからお話をしていただきます.

永田:私は、最近、『タンパク質の一生』(岩波新書)という本を出しました.タンパク質にも私たち人間と同じような一生があるという考えをもとに、その波乱に満ちた一生を分かり易く書いたつもりです.今日の話は、その一部を含みますが、細胞の中は確かに想像し難い世界ですから、まず、細胞とはどのようなものかを実感していただき、そのあとで、細胞の中でタンパク質がどのように作られ、間違ったタンパク質がどのように処理されているかについての概論をお話します.それらは病気の問題にもかかわってきますので、そういうことについては皆さんの質問にお答えするという形で話を進めようかと考えています.

私は、細胞生物学という分野の研究をしていますので、大学でも、年に数回、細胞生物学についての講義をします.その最初の講義では、必ず学生達に、「自分の体の中にある細胞の数を知っているか」と聞きます.答えは60兆個です.そして、1個の細胞の大きさは、動物の細胞で10?20μmくらいですが、小さな赤血球は約6μm、バクテリアは1μm程度です.1個の細胞を10μmと仮定すると、私たちの体の中にある細胞を一列に並べたとき、その長さは60万キロメートルになります.地球15周分です.

今日のテーマであるタンパク質の設計図になっているのが、DNAという遺伝子です.DNAはヒモのようなものですが、それは細胞の中の「核」という小さな装置に詰まっています.その核に入っているDNAの長さは、自分の身長程度で約1.8メートルあります.そこで、私たちの体の中にある全部のDNAを一直線に並べると、なんと1,000億キロメートル.地球と太陽の間を300回往復できる計算になります.

我々は非常にちっぽけな存在で、たかだか100年くらいしか生きることはできませんが、我々の体の中には、このように、想像を超える天文学的な数字が秘められているのです.近頃は青少年がたやすく自殺したりしますが、彼らに「命は大事だ」と何度も繰り返して言うよりも、このような数字を示してやるほうが、はるかに説得力があるのではないかと思っています.

DNAはタンパク質を作るためにあります.タンパク質は我々を作っている最も大切な物質ですが、これも単にアミノ酸が並んだヒモのようなものです.我々の体をつくっているアミノ酸は20種類ですから、たとえば、アミノ酸が10個しか並んでいないタンパク質を考えてみても、その並び方は20の10乗通りもあります.その並べ方を書いてあるのがDNAという遺伝子で、これを父親と母親から受け継ぎます.DNAはわずか4種類の文字で書かれていて、1個1個の細胞の中に書かれている文字は30億個あります.この30億個の文字を全て読み取ろうという「ヒトゲノム・プロジェクト」がありました.これを推進したのが、アメリカと日本とヨーロッパが組んだナショナルチームです.途中から、セレラ社というベンチャービジネスが参入して、同時にゴールにたどり着くというドラマがありました.

このDNAに書かれているタンパク質の種類は約22,000あるということが分かっています.ただし、それが並べ替えられたりして、それよりも多くの種類ができてきますから、我々の体の中で実際に働いているタンパク質は5?7万種類くらいだろうと考えられています.そして、1個の細胞には、約80億個ものタンパク質が含まれています.この80億個のタンパク質を維持するために、非常にアクティブな細胞では、1秒間に数万個のタンパク質が作られています.同時に、それに見合うくらいの数のタンパク質が壊されています.

とにかく、細胞はすごいスピードでタンパク質を作っているわけですが、私の判断では、作るときはアバウトに作っておいて、失敗をきちんと監視して処理しているのだと思います.ただし、でたらめに作っているわけではなくて、遺伝子の指示するとおりにアミノ酸を並べています.我々の体の中にあるタンパク質は、平均すると300?500個くらいのアミノ酸が並んでいますが、その並べ方はほとんど正しいのです.ところが、タンパク質というのは、それだけでは機能を持ちません.ヒモのようなタンパク質を折り畳んで、特定の構造をつくってやらなければいけないのです.

約20年前までは、タンパク質のアミノ酸の並び方さえ決めてやれば、後は自然に正しい構造に折り畳まれると考えられていました.それは、アンフィンゼン(Christian B. Anfinsen, 1916-1995)という人が1960年代に言い出したことで、彼はノーベル賞を受賞しています.しかし、実際には、細胞の中のようにタンパク質の密度が高いところでは、変なタンパク質がたくさんできてきます.

タンパク質をつくっているアミノ酸には、水になじみ難い疎水性アミノ酸と、水になじみ易い親水性アミノ酸とがあります.我々の体の中は大部分が水ですから、タンパク質分子は、親水性アミノ酸が外側になるように折り畳まれます.それと同時に、疎水性アミノ酸は内側に折り込んで、できるだけ水と接触しないようになっています.これがフォールディング(折り畳み)の基本です.

この20年程の間に、タンパク質のフォールディングを助けてやるタンパク質が必要だということが分かってきました.これを、分子の介添え役、「分子シャペロン」といいます.私の専門は、この分子シャペロンの研究ですが、それまで、フォールディングに必要なタンパク質があるとは誰も考えていませんでした.今では、ほとんど全てのタンパク質は、シャペロンの助けがないと、細胞の中では正しい構造をとることができないということが分かっています.

我々の体温は36度くらいですが、発熱して40度くらいになると、タンパク質は、熱のエネルギーを吸収して分子の運動が激しくなり、せっかくの折り畳まれた構造が乱れてしまいます.このとき、分子の中側にあった疎水性アミノ酸が外側に出て不安定になり、タンパク質同士がくっ付き始めます.凝集ですね.卵料理のゆで卵も卵焼きも、タンパク質が変性して凝集しているわけですが、細胞の中に変性したタンパク質ができては困りますので、細胞は品質管理のメカニズムを備えています.

変性したタンパク質ができ始めたとき、細胞が最初にやるのは生産ラインのストップです.工場でも、まずベルトコンベアを止めて、次に、直すことができるものは直そうとします.細胞でも、修理可能なタンパク質は修理します.つまり、変性したタンパク質を元に戻してやるわけです.これもシャペロンの働きです.最近では、ものすごいシャペロンが出てきて、凝集したタンパク質も元に戻すことができます.ゆで卵が生卵になる(笑).

修繕できないときはどうするでしょうか.工業製品の場合は、工場から持ち出して廃棄処分にします.細胞でもそれをやります.タンパク質の分解です.タンパク質の分解は、ストレスがかかったときだけではなくて、恒常的に起こっています.一日に2パーセントくらいのタンパク質を分解していますから、1年も経つと、我々の体の中にあるタンパク質のほぼ99パーセントは新しいタンパク質になります.また細胞も、1年後には97?98パーセントが新しい細胞になります.私は阪神タイガースのファンですが、選手がどんどん入れ替わっても、相変わらず阪神ファンです.(笑)

それでも駄目なときは、変なタンパク質しか作ることができない細胞を自殺に追い込みます(アポトーシス).工場であれば、工場閉鎖ですね.

どの細胞でも、以上のような4つのメカニズムが常に働いています.このメカニズムが破綻すると、アルツハイマー病、神経変性疾患、プリオン病といった病気が起こってきます.この事実は、従来の病気の概念を大きく変えることになりました.こうした話を基にして、後半は、皆さんからのご質問にお答えしようと思います.


BACK NEXT


Last modified 2009.06.09 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.