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第23回レポート
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第23回リーフレット

第23回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  永田和弘(ながた・かずひろ)
日時:  2009年3月23日



異端児のみる生命「細胞におけるタンパク質の品質管理」 BACK

G:1秒間に数万個というタンパク質が作られているということですが、その原料になるアミノ酸は、どのように調達されているのでしょうか.また、年齢によって、タンパク質の作られ方も変わってくるのでしょうか.

永田:人間は、一日に約200グラムのタンパク質を出し入れしています.そのうちの70グラム程度を他から摂取して、それをアミノ酸に分解して使っています.必須アミノ酸と言われる9種類のアミノ酸は、外から摂取しないといけませんが、残りは自分で作っています.

年をとると代謝能力が落ちてきて、タンパク質の合成量は落ちますが、それ程大きく落ちるわけではありません.シャペロンの合成量も変わってきます.ストレスには、精神的ストレス、実際にアミノ酸が足りなくなったときの飢餓ストレス、熱がかかったときの熱ストレスなどがありますが、こうしたストレスがかかったときにシャペロンを作る能力においても、老化すると落ちてくるという報告があります.

がんの療法には5種類あるというのはご存知でしょうか.外科療法、化学療法、放射線療法、免疫療法、そして温熱療法です.その温熱療法(ハイパーサーミア)というのは、今は保険で認められていますが、副作用が少なくて、それなりに良く効きます.

温熱療法は、がんの組織を温めてタンパク質を変性させ、それで細胞を殺すという治療法ですが、がんの細胞も自分を守ろうとして、ストレスタンパク質を作り出します.それはタンパク質の変性を防ぎますから、ストレスタンパク質ができたがん細胞は死ななくなります.

現在、温熱療法は週に2回やることになっています.毎日やったほうがより効果的ではないかと思いますが、生き残ったがん細胞はストレスタンパク質を作りますから、次の日に熱をかけても死にません.しかし、3日くらいするとストレスタンパク質は減ってきますから、そこでまた熱をかけるわけです.

ストレスに応答してストレスタンパク質を作るというのは、非常に早い反応です.我々の体は、流れる血液で常に冷やされていますから、温めるのに時間がかかます.36度の体温を41度に上げるのに、30分程かかりますが、その間に、ストレスタンパク質が作られてしまいます.だから、効きが悪いのです.

このように、ハイパーサーミアでは、ストレスタンパク質の誘導をいかに抑えるかというのが非常に大事になります.ただ、我々の側から見ると、がん細胞がストレスタンパク質を作るのは困りますが、がん細胞にとっては生きるか死ぬかの大問題ですから(笑).

現在、老人性のアルツハイマー病が問題になっていますが、それよりも多いのは、血管が梗塞したことによって起こる老人性の認知症です.梗塞が起きると、栄養が届かなくなるので、その先の神経細胞は一斉にストレスタンパク質を作り出します.これは我々の研究室でも行った実験ですが、ラットの脳に30分間血液が行かないようにした後で、血液を再び流してやります.それでも、ラットは生きています.7日後にラットを殺して、その脳を調べてみると、記憶を司る海馬の神経細胞がゴソッとなくなっていました.虚血後しばらく経ってから神経細胞が死ぬので、遅発性神経細胞死と呼ばれています.

我々は、ストレスタンパク質が、これを防いでいるという研究結果を論文にしました.マウスを使った実験で、30分間の虚血を与える二日前に、5分間だけ虚血します.それくらいの虚血では、マウスは全く平気です.5分間の虚血後、再還流してやって、2日後に、今度は30分間虚血します.本来なら、30分間の虚血で海馬の神経細胞は壊れているはずですが、7日後に脳を調べても、全く正常でした.つまり、2日前の5分間の虚血によって、神経細胞はストレスタンパク質を作り出していたわけです.ストレスタンパク質をたくさん作ったところで30分間の虚血をしても、神経細胞はピンピンしていて、海馬の細胞は見事に保護されます.

我々は普段意識していませんが、軽い虚血は、特に老人になるとしょっちゅう起こっています.このとき、周辺の細胞では、ストレスタンパク質をたくさん作って我々の脳を守ってくれているのです.こういうことがなければ、ちょっとした梗塞でも、多くの神経細胞がやられてしまって、認知症ははるかに多くなると思います.

大島:がんの温熱療法で、シャペロンタンパク質の合成を抑えるために、タンパク質の合成を止めるシクロヘキシミドのような抗生物質を与えてから、温熱療法をしたらどうなるでしょうか.

永田:我々は、がん特別研究プロジェクトから研究費をもらって、ストレスタンパク質を作る転写因子を不活化するある種の植物性の色素タンパク質の研究をしたことがあります.ストレスタンパク質の合成を止める薬剤を使用するという方向は良いと思いますが、シクロヘキシミドは障害が大き過ぎるかもしれません.

ストレスタンパク質を積極的に使おうとしている例があります.臓器移植の場合、ドナーから得た臓器は血流がなくなるので、細胞がどんどん死んでしまいます.そこで、臓器を取り出す前に、熱ショックを与えてストレスタンパク質を誘導しておけば、臓器を新鮮なまま患者に移植することができます.そういう研究をしている人もけっこういます.

大島:最後に、今年の歌会始で詠まれた歌への思いをお話頂けますか.

永田: 今年のお題は「生」でした.私の歌は、「生きてあるわが身の冷えはゆふぐれの柿の古木の火(ほ)めきに凭(もた)る」というものでした.古い柿の木があって、夕方になってもまだ何となく温かい.夕暮れになると、自分の体のほうが先に冷えてしまう.柿の木にもたれると、柿の木がもっているある種の暖かさがこちらの背中に伝わってくる.それだけのことですが、歌について喋ると、また1時間くらいかかります(笑).

三井:サイエンティフィックな歌はお詠みにならないのですか.

永田:結構多いと思います.ここに、「永田和宏(シリーズ牧水賞の歌人たちVol. 3)」(青磁社、2008)という本を持ってきました.これは牧水賞を受賞したときに出版されたもので、永田和宏の全てが分かるということになっていますが、サイエンスに関係する歌もかなり含まれています.それらの歌について、自歌自註をしたり、柳沢桂子さんや矢原一郎さんなどがエッセイを書いてくれたりしています.

三井:今日は、細胞の話だけでなく、体全体の話や病気の話も多くて、皆さんも大いに満足されたことと思います.長時間にわたって、ありがとうございました.では、これでお開きにしたいと思います.(拍手)


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Last modified 2009.06.09 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.