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第14回レポート
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第14回リーフレット

第14回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  松野孝一郎(まつの・こういちろう)
日時:  2007年6月16日



異端児のみる生命 「生命の起源」 BACK NEXT

三井:皆さん、こんにちは。今日は、「生命の起源」について、皆さんが日頃疑問に思われていることや、考えておられることを自由にお話になって下さい。専門家の方として、大島泰郎さんと、松野孝一郎さんに来て頂いています。お二人には、最初に、少しだけ、出し惜しみをしながら、お話をして頂きます。また、テーマを分けるようなことはせずに、成り行き次第で進めたいと思います。

この会の約束はただ一つです。専門用語は使わない。専門家の方にはお気の毒な設定ですが、皆さんと共通の言葉でお話しする場合には、どうしても必要なことです。

では、最初に、松野さんにお願いします。

松野:今日は、申し上げたいことが二つあります。第一点は、生命と称する現象は、この広い宇宙のどの惑星であっても、ある一定の条件が満たされれば可能である、つまり、ありふれた現象だということです。第二点は、その現象を特徴づけるのは、ネズミ算式に増え続ける分子種あるいは分子集団の出現ではないかということです。これから、この二つのことを実証することになるかもしれない実験事実についてお話します。

今、一定の「条件」と申しましたが、「条件」と「メカニズム」は違うということを、簡単に説明します。今から820年ほど前、富士川を挟んで源氏と平家が対峙し、ある朝、平家が遁走しました。これは、川面の鳥が飛び立ったから平家が遁走し、それを見て源氏が攻め入ったのか、あるいは、最初に源氏が川を渡ろうとしたため、鳥が飛び立ち、その後で平氏が逃げ出したのか。NHKの大河ドラマのシナリオライターにとっては、こうしたメカニズムが重要だろうと思いますが、歴史家は、ことの起きる条件の方を重視します。武士集団が政治権力を奪取できるということを鮮明に意識し、それをいち早く実行したのがこの東国の武士団だったのではないか、ということの方を重視します。私は歴史家ではありませんので、ことの是非は申しません。ただ、歴史家が条件をより重視するという意味において、私も条件を重視します。

生命現象というときに、先ずわれわれが重要だと考えるのは、小さい分子がくっ付いてだんだん大きくなるということです。寄らばくっ付く、というのは化学の常套手段ですから、モノがくっ付くのは当たり前。くっ付き過ぎると、やがて原料が無くなり、タールみたいなものができ上がって、それでお仕舞いになります。しかし、分子が互いにくっ付くという現象が延々と続くとしますと、出来上がった分子を切断してそれを新たな原料にする方策しか残されていません。必要なことは、できたものを切っていくこと。つまり、生命現象の根幹には、切って、繋いで、切って、繋いでという現象があるわけです。

繋ぐ際には、エネルギーが必要です。そのエネルギーをどこから調達するか。今から40億年以上も前の原始地球で、エネルギー源として考えられるものは二つしかありません。太陽光と地熱です。太陽光は、30万キロメートル/秒という速さで飛び交いますから、捕まえるのは至難の業です。ところが、当時の地球にはすでに海がありました。地熱エネルギーが海水中の分子運動エネルギーに変換されますと、その分子の速度が光速の約1万分の1から、10万分の1になって、より捕まえやすい。そこで、エネルギーを調達するためには、海の中、特に、海底熱水孔の近くが格好の場所となります。もちろん、太陽光は非常に大きなエネルギーをもっていますから、太陽光を捕まえる下準備ができれば、太陽光を使うようになるわけです。下準備というのは、光合成への前座ですね。

こうして熱エネルギーを使って繋がるのですが、高温の中に留まり続けていますと、分解する反応も起こります。熱平衡系のケミストリーでは、生命がでてこないということは、ほぼ認められています。つまり、温度差がなければいけません。熱いところでくっ付けて、冷たいところに放り出す。それを、また熱いところに戻して、またくっ付けてというのを繰り返して、だんだん長くなっていきます。ただし、伸びていく一方では、話が面白くありません。どこかで切らなきゃいけない。幸い、水の中では、加水分解という化学反応が起こります。

私がやった実験では、アミノ酸を海底熱水孔と同じような状況に置きます。温度は、高いところが300℃程度で、低い所は0℃。その間をグルグル回すわけです。そこでは、伸びて、また伸びて、そして切られる。切られるということは、一つが二つになり、二つが四つになり、四つが八つになるというガマの油売りの芸当です。実際にそれを確かめました。実験系としては、グリシンとアラニンを使います。あまり面白みのあるアミノ酸ではありませんが、今言ったシナリオをチェックするのに適した簡単な化合物です。それで、ネズミ算式に小さなペプチドが増殖することを確認しました。

ネズミ算式で増えれば、すぐに自分のための原料を食いつぶしてしまいますね。そこで、好むと好まざるとに拘わらず、環境から、何とかして自分にとって必要なものを採ってくることになります。それを、我々は、後知恵で、「環境に適応する」という、心地良い言葉を使って表現するわけですが、それぞれの分子は、それこそ、なけなしのところでやりくりしているわけで、環境に適応しようと思ってやっているわけではない。ひたすら、くっ付く相手を探し当てようとしているだけです。

また、切ることが重要だと言いましたが、最初は水分子そのものによる加水分解ですから、切るには切っても、それほど鋭い刃物で切っているわけではありません。そこで、より鋭い刃物で切る新手が現れるとどうなるか。外からあてがいぶちの原料を食い尽くしてしまった後に、鈍い水分子ではなく、この切れ味の良い刃物を用いて、自分で作り上げていったものを切り、切ったものを新たな原料として調達する事態に至ることになります。

アラニンとグリシンを混ぜた実験では、最初に、グリシンが前で、次にアラニンが繋がったものができます。やがて、アラニンが先にきてグリシンが次にくるという新手が現れてきて、これが、最初にできたグリシン・アラニンという二量体をどんどん切っていくのです。そして、後から現れたアラニン・グリシンという新参者がネズミ算式にどんどん増えていきます。これは実験室で確認された事実です。

このように、寄らばくっ付くというのがケミストリーの基本的な原理ですが、それだけでは面白くない。寄らば切るぞ、という役者も現れなくてはいけない。それに、海底熱水孔にみられる温度差ですね。これはエネルギー変換を司る熱力学での熱機関を保証してくれます。この温度差が熱エネルギーを化学結合のエネルギーに変えてくれます。この三つの条件を揃えてやれば、非常に複雑な分子ができ上がってくるというのは、それほど不思議なことではない。こうして、RNAやDNAが入り込む準備が用意されることになります。

三井:皆さんは、今のお話に納得されましたか。私は、少し絡みたいのですが・・・。食ったものを切って、それを材料にして、新しいモノができるというのは分かりますが、食い尽くしてしまったのでは、モノが全体的に増えていかないのではないかと心配してしまいます。

松野:食い尽くすと先がないというのも、ある面では事実ですが、食うものがないにもかかわらず食おうとするのは、化学の基本的な性質です。かつ、ネズミ算式に増殖するケミストリーは極めて貪欲です。われわれの想像をはるかに超えるところまでその触手を延ばすのが常です。化学分子というのは、エネルギーさえ与えられれば、他のものとくっ付こうとする。そのくっ付く相手をどうやって探すかということになったとき、あてがいぶちがあれば、それに越したことはありません。しかし、そのあてがいぶちに限りがありましても、これまでに出来たもの、特にゴミとしか言いようのないものを切り刻むものが現れれば、切り刻んだものを新たな原料として取り入れよう、というのが新たに発生する事態です。全体が一様な系では、こういうことは考えづらいのですが、原始地球上というのは、決して、整然としたケミストリーの実験室ではなくて、ありとあらゆる実験をところ構わず、たがいに脈絡もなく、やっているような状況下です。全然統一がとれていない。しかし、一点だけ共通するところがあります。いずれも、くっ付く相手を自分のところに取り込もうと虎視眈々としていることです。あわよくば自分のところに引きずり込もうとすることに長けたものが事態を牛耳ることになります。

S:食い尽くすという現象は、モノが減って濃度勾配ができるということであって、原料を集めるという操作に繋がるという気がします。

松野:分解酵素が現れても、今現在は切るものが無い。しかし、そのうちに適当なものが現れれば、必ずそれを切る。酵素は、刀を振り上げて、振り下ろす相手を探しているのだけれども、まだ見当たらないという状況にいる。返す手だてのない借金の証文みたいなものです(笑)。刀を振り下ろすための状況が用意されるということは、世の中にケミストリーがあることと、ほぼ同義だと思っています。何とでもくっ付くということと、それを切っていくという基本的なファンクションが、ケミストリーには既に用意されていて、後は、それをいかに都合良く修正していくかという問題だけが残っているのだろうと思います。

N:私も化学に携わっています。最初の分子としては、ミラーの実験でできたようなものが、原始地球のどこかに集まっていたと考えればいいのでしょうか。また、食い尽くした後で補給されるものは、その分子集団の外からくるのでしょうか。それとも、己の足を食っているほうが中心になっているのでしょうか。

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Last modified 2007.08.14 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.