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第25回レポート
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第25回リーフレット

第25回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  遠藤浩良(えんどう・ひろよし)
日時:  2009年8月17日



異端児のみる生命「クスリのリスク」 BACK NEXT

大島: 私は、薬については全くの素人ですが、東京工業大学を定年になった後、東京薬科大学に10年程在籍しておりましたので、薬を研究している世界には入っていたことになります.私が所属していたのは、私立の薬科大学で薬剤師の国家試験を受験する資格も得られない生命科学部という学部です.薬学部の学生は、入学したときから国家試験が念頭にあるものですから、予備校生みたいで気の毒なくらいでした.それに比べて、生命科学部の学生は実にのびのびとクラブ活動等をやっているので、何だか国家試験の足を引っ張っている存在だと捉えられてきました.何しろ、学校全体の雰囲気がそうですから、生命科学部の学生でも、出欠をとらないのに全員が授業に出てきます.他大学の先生に非常勤講師をお願いすると、私語がないことや、出席率が高いことにビックリするわけです.こういうところは薬学部の素晴らしいところだと思いました.

私は理学部の出身ですが、研究費の申請をする時、必ず、その研究は何の役に立つかというのを書くように言われます.そのとき、例えば、タンパク質の研究をしている場合には、「これは薬を開発するときの基礎データになる」と書くのが一番安直なので、長い間そうした嘘をつき続けてきました(笑).ところが、今度は研究費を審査する立場になりますと、驚いたことに、同業の生化学研究者が、ほとんどの研究費の申請書に、「創薬への貢献」と書いてあるのです(笑).結局、ものすごい数の研究が薬の開発を目指してやっていることになるのですが、何も出てこない.最も典型的な例は、タンパク質の立体構造を3,000決めるということで始めた「タンパク3000」のプロジェクトは、最初は1,000も決まらないだろうと言われていたのですが、結果は大成功で、期間内に4,500くらい決めることができました.しかし、その中から薬の役に立つようなものは一つも出て来ませんから、非常に責め立てられました(笑).これまで薬の役に立つような研究をしないといけないような雰囲気の中でやってきたものですから、たまには開き直って、「創薬には何の役にも立ちそうにありません」という研究費の申請書を書いてみたいと思っているのですが、まだその勇気がありません.

そういうわけで、私から、遠藤先生にいくつかの非常に基礎的な質問をしたいと思います.最初の質問は、夏休みになると始まる子供の電話相談に近いやつで、質問を受ける方が困ることは十分承知しているのですが、やはり不思議だと思うものですから、是非聞いてみたかったものです.つまり、薬というのは人間だけですか.例えば、ウワバミか何かが大きな動物を食べた後、消化に良く効く草を食べにいくというような話が落語に出てきますが、そういう話はあり得るのかどうかということです.

遠藤: それは私も不思議に思っています.私は緑の多い田舎のほうに住んでいますが、ネコが草を食べて嘔吐しているのをよく見ます.そのネコはお腹を壊しているのでしょうが、親ネコに教わったとも思えませんので、本能的にその草が薬になることを知っているのではないかと思って見ているのです.しかし、かなり著名な方がお書きになった本でも、「人間と動物を区別するものは、薬を持っているかいないかである」というようなことが書いてあります.確かに、人間という動物は人工的な薬を使っていますし、他の動物は、多くの場合、薬を自らの手で作るということはありません.そういう意味では、薬というのは人間に特有なものの一つだと考えてもよいような気はしているのですが、正確には分かりません.

三井: 生薬は、人間が作ったものではなくて、人間が探してきたものですね.他の動物も同じようなものを探し出して利用するのではないかという気がします.

A: ディスカバリー・チャンネルで、サルでも、親が子供に歯磨きを教えたり、下痢をした子供にある種の草を食べるように教えたりするのを見たことがあります.人間だけでなく、霊長類にも薬はあるのだと思います.

三井: ネコクサというのもあるみたいですね.

B: あれはオオムギの苗ですね.家で飼っていたネコは、ネコクサでラリっていました.

大島: 二番目の質問は、日本の薬科大学とか薬学部に当たるものは、欧米にはないような気がするのですが、薬学が学部として発達してきた歴史はどうなのでしょう.

遠藤: "Department of Pharmacy"といって、日本の薬学部に当たるものはありますが、この問題は、後進国だった日本が科学技術を導入したときに、科学と技術を別のものとして導入してしまった歴史にあります.欧米先進国では、科学と技術をそれぞれ独立したものとして扱わないで、連続したものとして考えてきました.つまり、日本的なScienceとApplied Scienceというような考え方ではなくて、Scienceそのものが常にApplied Scienceを含んでいて、広い意味のScienceという考えで進んでいます.科学と技術の関係を基本的に整理すれば、余計な議論をしなくてすむようになりますし、また、そのほうが正当なありかたではないかと思っています.

大島: 日本では確かにそうですね.理学部系統では、創薬の教育というのを一切やりませんから、その辺のところが少し問題になるような気がしています.ペニシリンを発見したフレミングは医学部の先生ですね.

次の質問です.中国を中心として、「医食同源」とか「薬膳」とか言うように、食物がそのまま薬になるという考え方がありますが、欧米にもあるのでしょうか.

遠藤: 欧米にもそういう伝統的なものはありますが、系統だった形で存在してはいません.日本の漢方医学というのも、日本の風土の中で独自に育ったもので、元々の中国医学とはかなり形が変わっています.ただ、近年は近代医学の限界がいろいろな形で見えてきていますから、それを伝統的なもので補おうとする考え方も世界的な趨勢になっています.日本では、漢方医学の再興というかたちで漢方薬は公的に認知され、今は保険医療でかなりの量が使われています.特に、婦人科では、西洋医薬以上に漢方薬が使われています.例えば、不定愁訴のような西洋医学では説明できないような疾患は、漢方薬で対応したほうが良いという知見がたくさん集積してきました.漢方医学と西洋医学とは哲学が異なりますが、その二つが統合される方向にあると思われます.

大島: 最後の質問は、最近のニュースでしばしば問題になっている幸福な気分になる薬に関するものです.そのような麻薬の類は、習慣性というのは問題だとしても、犯罪に繋がることが社会的な問題になるわけですね.そうした薬が取り締まりの対象になる程悪いものなのでしょうか.

遠藤: 現在の麻薬とか覚醒剤と呼ばれる類のものは、犯罪に繋がらなくても、体の調節機構を破壊することがありますから、健康被害を起こす典型的な生体異物だと思います.

実は、麻薬の作用をもつけれども中毒や耽溺にならないものが、古くから知られているものの中にあります.これは、私が学生時代に勉強したことですが、女性の卵巣から出るホルモンの一つである黄体ホルモンというステロイドです.それを多量にラットの腹腔内に注射すると、見事に麻酔にかかります.しかし、体内から消えれば、後に全く影響は残りません.今日でも、交通事故で重篤な脳障害を起こした患者に、黄体ホルモンを多量に与えたら回復したという報告が出たりします.

脳の中には副腎皮質ホルモンの受容体が非常にたくさんあります.副腎皮質ホルモンは黄体ホルモンと化学構造が似ていて、副腎皮質ホルモンの受容体は黄体ホルモンも受容しますから、それで麻酔作用が出てくるのではないかと思います.受容体という考え方が全くなかった頃の報告ですから、適切な研究をやっていけば、障害のない麻酔薬を作ることができるのではないかと思っていますが、その後全く追求されていません.

三井: では、ここでしばらくお休みをとります.

(休憩)


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Last modified 2009.10.27 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.