The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第27回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
Page 7
第27回リーフレット

第27回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長瀧重信(ながたき・しげのぶ)
日時:  2009年12月21日



異端児のみる生命「放射線の影響」 BACK NEXT

三井: 今日のテーマは「放射線の影響」で、ゲスト講師として来てくださったのは長瀧重信さんです.東京大学医学部・第三内科のご出身で、その後、長崎大学医学部教授として長年勤められ、その間には、チェルノブイリ原発事故の調査にも関わってこられました.人体に関する放射線の影響に関しては、右に出る者はいないと申し上げてもよいでしょう.もうお一方は大島泰郎さんです.「人間は苦手.血を見るのは嫌」と常々仰っていますので、人間以外に対する放射線の影響については、一手に引き受けてくださると思います(笑).

最初に、放射線に関する基礎的な知識を共有しておきたいと思います.新聞やTVなどでは、「放射能」と「放射線」という言葉を混同して使っていることが多いので気になっています.放射能というのは、放射線を出す能力のことで、その能力のある物質を指すこともあります.放射線には、いろいろな種類があります.先ず、粒子線と呼ばれるアルファ線やベータ線ですが、アルファ線はヘリウムの原子核と同じもので、ベータ線は電子です.中性子線というのも粒子線です.そして、ガンマ線というのは電磁波です.ガンマ線からX線、紫外線、可視光線、赤外線まで全て電磁波ですが、放射線というのはX線までで、紫外線は放射線とは言いません.なぜ紫外線は放射線に入らないのかというのが私の疑問です.

今回も、皆さんから事前にいろいろな質問を寄せていただきました.大雑把にまとめると、次のようになるかと思います.

先ず、今申し上げたような定義の問題があります.それから、自然界に存在するいろいろな放射性物質の影響はどうかというご質問がありました.皆が一様に浴びている場合もありますし、職業柄避けられない方もあるわけで、例えば、X線技師、宇宙ステーションで長期滞在する宇宙飛行士、ジェット機のパイロットなどは、たくさんの放射線を浴びています.そういう自然の放射線に対する安全基準を、誰がどのようにして決めるのかという問題もあります.

また、微量の放射線を浴びることは悪くないというような観念があるそうですが、そこに科学的根拠はあるのだろうかというご質問もあります.

それから、放射線の影響は、人間、動物、植物といった種によって違うのだろうかという疑問があります.ゴキブリなどは強いということも聞いています.種差の他に、個人差、例えば、年齢によって差があるのではないかと考えている方もおられます.

放射線の積極的利用に関するご意見もありました.放射線はがんの治療や診断に使われていますし、植物に放射線を当ててミュータントを作り、その中から都合の良いものを拾い出すという育種法は、遺伝子工学の発達した今でも利用されています.その他、滅菌や、ジャガイモの芽が出るのを防ぐ目的で使用されていますし、研究では、タンパク質などの構造決定や、遺伝研究に使われるミュータントの作成にも使われています.

これら全てのご質問にお答えできるとは限りませんが、先ず、長瀧さんからお話をしていただこうと思います.

長瀧: 大島先生とは、親の代からの知り合いです.そういう先生からお誘いがあり、何も分からないで講師を引き受けてしまったのですが、その後、財団のホームページを見ると、「異端児」という言葉が目に入りました.大島先生が異端者だとは思いませんでしたので、早速、字引を引いてみたところ、異端者と異端児とは違うということが分かりました.そして、この会は、トランス・サイエンスのようなものではなく、既存の観念から飛び出して自由なお話をする会であろうというふうに解釈しました.

放射線については、科学的に分かっていることも、理解されていないこともたくさんあります.しかし、何より大切なことは、科学的に分かっていないことを、科学者は社会にどう伝えるかということです.私も、この点を最も気にかけていますので、この異端児の会で、そうしたお話をさせていただこうかと思った次第です.

簡単な自己紹介をしますと、私は、53年前に東大医学部を卒業しました.その頃、原子力は夢のエネルギー、アイソトープ(放射性同位元素)は最先端の技術だということで、東大でも留学したハーバード大学でも、アイソトープが怖いという感覚は全然ありませんでした.

1980年に長崎大学に移りましたが、長崎は被爆地ということもあって、放射線の影響について真剣に考えるようになりました.そのうちにチェルノブイリで事故が起こりました.専門家だということで、チェルノブイリには、30回目までは数えたのですが、その後も数えきれないくらい行きました.その間に、だんだんと科学的な調査結果が出てきて、それについての議論、国際的な合意づくり、また、住民や国に対する勧告など、多くの場面に関与してきました.

そうした仕事を通して、一般の人達の間に、放射能・放射線に対する誤解が非常に多いと感じてきました.放射能と放射線の関係は先程司会の方が説明されたとおりです.放射線の人体に対する影響には、急性の影響、晩発性の影響、遺伝の影響、そして精神的な影響があります.急性の影響は比較的分かりやすいと思います.紫外線に当たると皮膚は赤くなりますが、放射線に当たっても何らかの症状が出ます.ただし、放射線の量が少なければ、何も症状も出ませんし、たくさんの放射線を浴びると死んでしまいます.

ここで急性影響についての誤解のお話をします.原爆の放射線が怖いというものです.最近の裁判でも、原爆の被爆者は国家が補償しますが、東京大空襲の被害者は保証されません.その差は放射線だということですが、原爆のエネルギーに基づいた話をすれば、エネルギーの50%が爆風、35%が熱風、15%が放射線と報告されています.原爆で20万人以上が亡くなりましたが、爆心地が完全に崩壊し人が押しつぶされて死亡する、丸焦げになって死亡する、直後に皮膚がベロベロになったりするということは、どれも放射線とは関係のないことなのですが、一般には、全てが放射線によるものだという印象がもたれています.

1999年の東海村JCO臨界事故では、2人が亡くなりました.ものすごい量の放射線を浴びています.普通の人は10グレイの放射線を浴びると死んでしまいますが、原爆のときは、衛生状況が悪かったこともあって、3グレイくらいの量で亡くなっています.JCO事故では、18グレイの量を浴びた人が数ヶ月間ですが生きていました.そのように、放射能の影響というのは、すぐに出るものではありません.原爆で多くの人が一時に亡くなりましたが、その大半は放射線のせいではありません.大量の放射線による急性の影響の場合でも、直後に亡くなることはありません.

急性症状は、細胞がそのままの形で死んでしまいます.その後も細胞は再生しませんから、血液もできませんし、皮膚もできません.胃の粘膜ができなければ、出血します.炎症も起こります.ただし、症状が軽ければ、何も起こりません.すなわち、閾値があるのです.

誤解の話を続けますが、最も誤解されているのは、晩発性の影響です.これは、放射線を浴びてから数ヶ月以上後になって出てくる影響です.問題は、1人の病気になった方を、どれだけ調べても、その病気が放射線によるものかどうか、現在のところは分からないということです.その方のDNAを調べても分かりません.


BACK NEXT


Last modified 2010.02.23 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.