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第27回レポート
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第27回リーフレット

第27回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長瀧重信(ながたき・しげのぶ)
日時:  2009年12月21日



異端児のみる生命「放射線の影響」 BACK NEXT

長瀧: チェルノブイリ原発事故では、報道機関は挙って、チェルノブイリの近くに住んで居た人が放射線による白血病で苦しんでいると書き立てました.分かるはずがないにも係らず、誰もそのような記事に疑いを抱いていません.裁判にしても、裁判官が、原爆のせいで病気になったと決めつけています.しかし、そういうことは科学的に決められるはずがないのです.

放射線の影響を調べるには、被曝した集団と被曝しない集団を何万人も集めて、その集団の間で、病気になる頻度が違うかどうかを調べるのです.原爆の場合、被曝線量が分かっているときに、被曝線量が多くなるにつれて、ある種の病気になる頻度が高くなれば、その病気は被曝によると言うことができます.そのような疫学調査で、被曝によってがんが増えたという結論は出ています.現在、被爆者と認定されていてがんで死亡した方のうち、7%くらいが放射線によるもので、残りの方は、普通の方と同じようながんになったという調査結果が出ています.

精神的な影響も大きな問題になっています.特にチェルノブイリ原発事故では、国際機関が、事故における最大の公衆衛生学的な被害は、精神的な被害、いわゆるPTSD(Post-traumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)であるという結論を出しています.これまでの日本では、被爆者の精神的な問題を、ノイローゼという言葉で片付けられていましたが、現在は非常に大きな問題になりつつあるということです.

先述のように、原爆被爆者に白血病やがんが多いということは疫学的調査で認められています.しかし、チェルノブイリ事故では子供の甲状腺がん以外に、白血病やその他のがんが増えたということは証明されていません.証明されていないものは否定できるのかと言うと、それはできません.科学的に証明されたということはできるけれども、証明されなかったということは無いということではありません.ここをよく理解しないといけません.例えば、チェルノブイリの事故で白血病が増えたということは認められないという結論が20年後に出ました.しかし、白血病が増えないとは言っていません.裁判では、ある被爆者の病気が被曝の影響であることを完全に否定できないから認めるという可能性があるのです.

科学的に分からないことを、社会はどのように捉えているのでしょうか.その辺りを突き詰めて考えてみると、最も分からないところで動いているのは医者ではないかと、改めて思うわけです.医者は、病気の原因も分からなければ治療法も分からないというようなときでも、患者を前にして、分からないからと言って、ただ見ているわけにはいきません.その場で一番良いと思うことを実行するわけですが、科学的に根拠のないこともたくさんやっています.切ったり、薬を飲ませたり、傷害罪になるくらいの大変なことをやっているわけです.患者さんは、最終的に皆亡くなってしまいます.決して永久に生きるわけではありません.ところが、患者さんが亡くなると、全て医療のせいだということで訴訟の対象になる可能性もあるのです.自分が医者だということもあって、科学的に分からないことを決定する基準は、究極は医学医療の世界にあるのではないかと思っているということです.

三井: ありがとうございます.とても分かりやすいお話だったと思います.では、続いて大島さんにお願いします.

大島: お聞きのように、長瀧先生は、国内外で放射線関係の第一人者で、多くの要職に就いてこられました.しかも話し上手ですから、全部お任せして、私は座って聞いていればよいと思って来ました.三井さんは、長瀧先生が人間を、私は人間以外を担当すると言いましたが、私は放射線の専門家ではありませんから、人間以外のことも、私のほうが質問したいくらいです.

私は、研究の手段として放射線を利用してきました.三井さんのお話にもあったように、放射線は、タンパク質の構造を決めるとか、種々のミュータントをつくるのに使われます.研究でミュータントを作るときは紫外線を使うことが圧倒的に多いのですが、品種改良でミュータントをつくる場合は、なぜだか分かりませんが、コバルト60を照射することが多いようです.

それから、ある種の生き物には放射線に対する耐性がありますから、なぜ強い放射線を浴びても生きていけるかという問題も、またそれなりに面白い研究になります.NASAでは、そういう生き物の耐性の仕組みを調べるのに非常に力を入れていますが、それがうまくいけば、宇宙飛行士の安全のために使えると思っているからだと思います.

生命の起原に関しては、宇宙から飛んでくるエネルギーの高い宇宙線が我々の材料を作るのに役立ったはずです.また、植物の光合成がなかった頃は、初期の生物が放出した二酸化炭素を再び餌として使える有機物へ還元する反応のために放射線が必要だったと思います.放射性元素には半減期があって、一定の時間毎に減っていきますが、初期の海の中には、現在の濃度の何倍もの放射性元素が存在し、生命の起原だけでなく、初期の進化にも非常に大きな影響を与えたと考えられています.

このところ恒例のようになっていますが、私が最初に質問をさせていただいています.その多くは、お呼びしたゲストの方が答えられないような質問になるのですが、それは、そういうような質問をしてもよいのかと、皆さんが安心して質問できるのではないかと思うからです.ということで、最初の質問をさせてください.

我々は、微量ですが、常に自然の放射線を浴びています.生き物に対する影響というのは程度問題で、クロムやヒ素などの重金属でも微量であれば生きていくのに必要なものがありますが、ある濃度を超えるとそれは毒性の物質になります.それと同じように、微量の放射線には何か良いことがあるかもしれないという期待があるのですが、どうでしょうか.

長瀧: ホルミシス効果という言葉がありますが、それは、生物に対してたくさん与えると害になるけれども、少しであれば害にならずに、むしろ良い効果があるというもので、1980年頃に本が出ています.しかし、その後、追試はできていません.ただ、私が放射線影響研究所に居た時に一緒に役員だったアメリカの研究者は、初めに弱い放射線を当てておくと、その後で強い放射線を当てても、非常に抵抗力があるということを発表しています.一般に弱い放射線には良い効果があるという説は廃れてきて、国際機関も認めていません.一時、原爆の被爆者でも、弱い線量しか浴びていない方は長生きすると言われたのですが、それも統計の取り方次第ということで、その説自体は無くなってきたと思います.

自然放射線に関しては、我々の日常生活で、年間1ミリシーベルト程度の線量を浴びています.先程、10グレイ浴びると死ぬと言いましたが、1ミリシーベルトは、その1万分の1になります.それも地域によって違います.中国のある場所に住む人々は、我々の10倍も多く浴びています.自然放射線の大部分は宇宙線ですが、地面からも、食べ物からも、そして我々自身からも放射線を出しています.それらの総和が、致死量の1万分の1だということです.

生物は最初に生まれたときから放射線を浴び続けてきているわけです.もし放射線の影響が溜まるということであれば、我々には既にものすごく溜まっていることになります.放射線を浴びても生きることができたものが、今生きているという言い方もできるのではないでしょうか.


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