The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第30回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
第30回リーフレット

第30回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  木賀大介(きが・だいすけ)
日時:  2010年8月30日



異端児のみる生命「生命合成」 BACK NEXT

ここまでは、現存する生物と同じものを作ったという話ですが、今度は、今ある細胞と少しだけ違ったものを作るという話になります.

タンパク質はアミノ酸が鎖のように繋がってできていますが、面白いことに、どの生物も20種類のアミノ酸を使ってタンパク質を合成しています.実は、私が学部生の時に、「アミノ酸の種類はどうして20種類なのだろうか」という疑問に取り憑かれてしまったのです.これには困りました.比較対象が無いのです.

古典的な生物学にとって、比べるということはとても大切なことでした.つまり、トラとネコとライオンの子どもを比較して、ネコ科の子どもに共通する性質を導き出すという具合に、少しずつ違うものを比べるというのが研究手段だったわけです.

それで、アミノ酸が20種類という数字に比較対象が無いために、長い間悶々としていたのですが、ある時、アミノ酸が20種類ではない生物を作ってみればよいという思いに達しました.長い話を端折って言うと、研究を進めて、アミノ酸が21種類使われている生きた細胞を作ることができました.それから、生きている細胞ではありませんが、アミノ酸の種類を20から減らして、19、18個だけにする遺伝暗号表もできるようになりました.最近では、アミノ酸が20種類である必然性はなかったと確信しています.

今のところは、アミノ酸の種類が18個とか19個の生き物ができていませんので、私としては、そうした生き物を作ってみたいと考えています.それが私のライフワークになると思います.

最後に、天然の生物と同じ部品を使いながら、部品の組み合わせを全く違うものにすることで、天然と違う形になっているにもかかわらず、天然と同じ機能を持つものが作れるという例を紹介します.

2009年のノーベル賞を受賞したショスタク(Jack W. Szostak)は、ノーベル賞の対象となった分野とは別に、新しいタンパク質を作るという仕事もしています.

タンパク質は、20種類のアミノ酸が鎖状に繋がっています.小さなタンパク質でも、100個くらいのアミノ酸が繋がっていますから、そのバリエーションは、20の100乗、つまり10の130乗になります.残念ながら、私は10の130乗という数を数えたことはありませんが、宇宙が始まってから10の16乗秒しか経っていないそうです.また、全宇宙に存在する素粒子の数は、ある説によれば、10の74乗個だそうです.桁違いです.それは何を意味するかと言うと、地球上どころか、宇宙全体を見ても、全てのタンパク質の組み合わせは存在しないし、地球上にあるタンパク質も、ごく一部しか調べられていないということになります.

似た機能を持つタンパク質の立体構造は、地球上では、いくつかにグループ分けできることが知られています.ATPという、生物にとって非常に大切な化合物に結合するタンパク質は、地球上にたくさんありますが、その立体構造を調べていくと、親戚は20種類くらいしかないことが分かってきました.しかし、ATPに結合するタンパク質の形がどれだけ存在できるか、を知ろうとしたら、実際に作ってみなければいけません.地球上に現在あるものだけが全てではないということは、先程の組み合わせの数の話から予想されていたのですが、ショスタクたちは、実際に新規なATP結合タンパク質を作って、それを明確に証明しました.

私たちは、DNA、RNA、タンパク質を新しい組み合わせで混合していって、人間の手を介さずに連続的に動くシステムを作る研究もしています.遺伝子からタンパク質が作られる時、いつ作るかという制御のメカニズムは、DNAにタンパク質が結合するかしないかで決まることが多いのですが、私たちは、DNAにタンパク質ではなくて、RNAが結合するかしないかによって制御するシステムを作る研究を進めています.

これからは、概念は同じであっても、実際の生物とは少しずつ違っている「人工生物」がたくさんできてきます.地球上にはいろいろなウイルスや細胞がありますが、今後はその中間的な形質のものも作ることができてくるでしょう.そういうものを目にして、改めて、「生物とは何か」ということを考えるのは、とても興味深いことだと思っています.

それから、いつも研究を進めながら考えていることなのですが、生命が動作できるかたちに、可能性がいろいろあることを知ることで、今、地球上にいる自分というものが、たくさんある可能性の中から、"たった一つ"の組み合わせで生まれてきたのだということをより強く実感するようになると思います."たった一つ"という言葉は、非常に大切なものに付ける言葉です.いろいろな生き物、あるいは生き物・・・もどきを見ていくことで、今ある生命が1回だけ生まれた大切なものであるということを改めて実感できることを興味深く思って仕事をしています.皆さんにも共感してもらえれば、とても幸せだと思います.(拍手)

大島: 今回のポスターに書かれたキャッチコピーは、「創ることで、はじめてわかる」というものでした.合成するということは、理解することへの一番の近道です.ベンターたちが作った人工細胞のDNA中にも、「作ることができないものは理解できない(What I cannot build, I cannot understand.)」という格言のような文章が折り込んであって、それを人工であることの証明にしようということになっています.

私は化学の出身ですが、そういう化学の原理みたいなことを頭に叩き込まれたという記憶もありませんし、そういうことに感激して勉強した覚えもないのですが、考えてみれば、化学は正に合成することが証明なのです.有機化学では、生物の体の中や、自然界の中で見つけた物質の構造をいろいろな方法で解析して推定していきますが、最終的には合成して証明するというのがルールになっています.

私には、それが何となく身に付いていて、生命についてもそうだと思っていますが、生物学ではあまりそういうことをハッキリ言いません.先程の格言は物理学者の言葉だそうですが、数学や物理学では厳密な証明の方法を打ち出しますね.生物学が近代の自然科学の形をとってきたのは19世紀の中頃で、ダーウィン(Charles Darwin, 1809-1882)やスプルース(Richard Spruce, 1817-1893)の時代からですが、その頃から、生物学でも、やはり、合成することで証明しようとしてきたのだと思います.

歴史的に最初に合成して証明されたのは、イーストが作るアルコールです.無細胞系(試験管の中)で、イーストが作るのと同じようにアルコールが作られました.その実験から、インビトロ(in vitro)という言葉が出てきました.インビトロの実験というのは、生物が行う方法と完全に同じではありませんが、同じ原理を使っています.試験管の中で、遺伝子の情報からタンパク質を作るとか、医療や犯罪捜査に使われているPCR(Polymerase Chain Reaction)技術のように、遺伝子そのものを作ることができます.

そういうわけで、最終的に生命を理解したいと思ったら、生命を合成してみようということです.今までは、生命がやっている部分部分を試験管の中で再現してみせることで生物学は進んできたように思いますが、生命合成の実験も、歴史的な流れに沿った研究だというふうに理解してもらえればよいと思います.

ベンターたちの人工細胞を作る実験では、遺伝子のセットを全部合成しましたが、これからやりたいことの一つは、そこから遺伝子を抜いていって、最低限どのくらいの数があれば生命ができるかを確かめることです.自動車やコンピュータを作っている部品の数はどれだけあるでしょうか.おそらく、生命のほうが部品の数は少ないのではないでしょうか.要するに、生命はその程度の機械だというふうに理解してもらってもよいと思っています.

それから、アミノ酸の数が20種類であることの必然性を証明するには、地球外生命が見つかったときに、それと比べるのが一番簡単です.私もそのことに関心はもっていますが、あまり一所懸命に考えていません.もしも地球外生命が見つかって、それも我々と同じ20種類のアミノ酸のセットを使っていたら、その時から、真剣に考えます(笑).

若い人には、もっと大胆な実験をしてもらいたいので、生命を作る実験を勧めています.「他人に言わないで自分でやれ」と言われると、「そういう大きな実験をやるには年をとり過ぎた」と言ってごまかしているのですが、気に入っている実験はあります.それは、すり潰した細胞から生きた細胞を作ってみせることです.しかし、自分ではやりません.なぜかと言うと、簡単じゃないからです.そういう実験をするときに、最初にやらなければいけないことは、例えば、大腸菌をすり潰した液の中に、すり潰されていない大腸菌は残っていないというのを証明することなのです.その後で、そこから生き返った大腸菌を見つけるという、矛盾しているような実験をすることになるわけで、時間がかかって、労力がかかって、何も成果が出そうにないから、他人に勧めています(笑).ただ、そういうことを明日からやりなさいと言っているのではなくて、それが生命の起原を解く鍵となる研究で、大事な課題であるということを頭に置いて欲しいのです.

それから、生命合成の研究がどのような応用に結び付くかという質問もあるかと思いますが、我々は誰も、それに対する具体的なイメージはもっていないと思います.ただ、我々と全く違うアミノ酸とか遺伝暗号をもつ生命を作ることができれば、それは我々に危害を加えることがないので、むしろ安全です.言語が違えば会話ができないのと同じですから.異なるアミノ酸で作られたタンパク質であれば免疫系が働かない可能性もあります.


BACK NEXT


Last modified 2010.11.09 Copyright©2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.