The Takeda Foundation
カフェ de サイエンス
カフェ・デ・サイエンス Top

カフェ トップ
第30回レポート
Page 1
Page 2
Page 3
Page 4
Page 5
Page 6
第30回リーフレット

第30回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  木賀大介(きが・だいすけ)
日時:  2010年8月30日



異端児のみる生命「生命合成」 BACK

A: 生命合成という研究に対して、バチカンなどの意見はどうなっているのでしょうか.

三井: 生命合成を危険視する度合いは、国によって違うのでしょうか.

J: ロボットについては、宗教や文化の違いによって、基本的な見解の違いはあります.ヨーロッパの国々では、今でも、人間をつくるのは神様です.我々は、ヒューマノイドロボットと呼んで、人間と同じような行動をし、人間と同じように反応するロボットを一所懸命に作っていますが、ロボットで人間と同じようなものを作ろうというのは、自分が神になるという考えと同じで、"けしからん"と言う人達もいます.生命についても、ロボットと似たようなところがあるのではないでしょうか.

K: ヒューマノイドロボットに対するバチカンの意見として、私が聞いた情報は、「ロボットを作る能力を与えたのは神であるから、ロボットを作ってもよい」というものでした.

三井: 今すぐに人間を作ることができるとは誰も思っていないはずですが、こういう研究がどんどん進んでいくと、フランケンシュタインみたいなものができるのではないかというのは、遺伝子組換えが始まった頃に盛んに言われたと思います.しかし、最近では、いくらなんでも、そのようななことはないと分かってきているのではないでしょうか.

木賀: 私は、「細胞を作る研究会」に係っているのですが、これまでに複数回の会合がもたれています.そのときは必ず公開セッションを設けていて、一般の方も参加していますが、そこでは、これまでに、絶対にやってはいけないというような強い意見を耳にしたことはありません.ただ、海外では、そういった話があったということは聞いたことがあります.そのためかどうかは分かりませんが、ヨーロッパやアメリカでは、この研究分野、つまり、構造生物学(Synthetic Biology)と呼ばれる分野の研究に関して、政府が意見を聴取するなどして、何らかの取り組みをしようとしています.日本にもそういう動きがあってもおかしくありませんし、むしろ、やるべきではないかと思います.

先程、代々伝わって来たDNAを断ち切るという刺激的な表現を敢えて使ったのですが、今迄、そのことについて余り考えてはいませんでした.しかし、今日この場に来るにあたって、よく考えてみると、やはり、すごいことなのではないかと改めて思っています.皆さんは、DNAの流れが断ち切られてしまったということに関して、どのように思いますか.繰り返しになりますが、連続性が断ち切られたモノから生まれたモノは、本当に生き物でしょうか.生き物ではないという意見が出てきてもおかしくないと思っているのですが.

K: DNAの流れを断ち切って作られたヒューマノイドロボットが自己増殖をするようになったら、それを生物として認めるのでしょうか.

木賀: 生物には温もりを感じたいと思って、その温もりがどこから来るのかを考えてみたら、先程の三井さんの質問へのお答えが、タンパク質やDNAになったわけです.従って、それらを持っているものが生き物であるという自分勝手な定義をしました.ただ、もう少し学問的に考えると、DNAやタンパク質を使って生きている生き物は、エラーの中でも生き残るという設計原理になっています.つまり、エネルギーをあまり使わずに生きていくことができるのです.ところが、コンピュータというのは、ものすごくエネルギーを使っています.実は、生物というものを、「エネルギーをあまり使わないで、ゆらぎの中で生きるもの」という見方をする研究者もいます.そうすると、ロボットは生物ではなくなってしまいますね.ロボットに愛着を持って生物のように思う方は必ずいると思います.結局、それをどう思うかによって、生物であるかないかに分かれるのではないでしょうか.

K: 例えば、脳が生体で、体が鉄筋でできていて、それでエネルギーを余り使わないようなものは、どうなのでしょうか.

木賀: サイボーグですね.即答するのは難しいのですが、今後実現する技術でしょうし、正に考えなければいけない事でもあります.

B: 今から、将来のことや安全性を考えるのは良いことだと思います.そういうことをあまり考えずに使ってしまったものはいろいろあります.タバコはそうですね.自動車にしても、だんだん足を弱くさせています.人間は、賢い機械があると、モノを考えなくなって、だんだん退化していきますから、生存をかけたモノとの戦いになるかもしれません.(笑)

J: 実際の生物が生きる環境は、資源は有限で外敵もいますが、それでも自分の機能を伸ばし、そして遺伝子を次の世代に伝えていきます.それが、生物の定義に合った本来の生物ではないかと思います.木賀先生が目指しておられる、エネルギーがジャブジャブで外敵もいないという環境で生きるひ弱なものを、本当に生物と呼べるのだろうかという気もします.

木賀: 確かに、そのように言われることもあります.生物の特性の中に、他のものと競争して生き残るということを書き加えてもよいとは思います.ただ、人間がひ弱なものを作る例は育種の場合にもあります.コシヒカリという品種は、イネとしては弱いそうですね.

三井: 生物は、コンピュータでいうノイズくらいのエネルギーを使って生きていて、コンピュータは非常に多くのエネルギーを使ってノイズのないようにしています.そのあたりが、生物と生物ではないものの区別のつけどころではないかと思いますが、そうすると、ロボットは、ものすごくエネルギーを使わないと人間と似たようなことはできないわけですね.

大島: DNAコンピュータを使うことになれば、エネルギーは少なくなりませんか.

木賀: 私もDNAコンピュータを研究していますが、正にエラーとの戦いです.エラーは出てきてしまうのですが、使うエネルギーが少なくてすむというのは一つの売りになっています.

突き詰めれば、生物というのは計算するものだと言えます.単細胞生物であっても、どこにどれだけの餌があるかを計算して、その方向へ進んで行こうとします.また、過去の経験によるプログラムがDNAに書き込まれていて、それで進んで行くこともあります.従って、広い意味でのDNAコンピュータは、生物を使った計算機、つまり、細胞だと言うことができます.

B: サブプライムというのは、金融の世界における悪質ウイルスみたいなもので、皆さんの命は取られなかったけれど、税金で後始末をしているから、たくさんのお金を巻き上げられたわけですね(笑).あれは、一部の人が多くの情報を知っていて、自分達の都合の良いように細工をしたわけです.最後は破綻しましたが、同じ事が生命合成のことで起こると、大変なことになると思います.

三井: 生命合成で、サブプライムに相当するものは何ですか.

木賀: お金を集めるという意味では、知財制度です.知財制度の設計も、歴史と共に変わってきていると思います.遺伝子に関する特許も、排他的であったり、少し緩めてみたりしていますが、1個の遺伝子ではなく、たくさんの遺伝子を含む遺伝子のネットワークのようなものに関して、どのような知財制度を設計するのか、技術開発に携わる企業サイドや研究者サイド、そして実際に技術を購入する人々との間の話し合いが必要だと考えています.

また、生命合成に関する技術でどれだけ役立つものを作ることができるかということに関して、多くの利益をもたらすであろうことは間違いないと思います.従って、知財面においても、実験においても、どのような形で制限をかけていくかについて、リスクとベネフィットを勘案して、いろいろと考えていく必要があるのではないかと思っています.

L: これから作ろうとしている人工的な生命は、具体的にどのようなものになるのでしょうか.

木賀: 工学的に役立つ人工細胞の形としては、最小要素でできているもので、様々な部分ユニットを交換できる拡張性を備えたものが必要になると考えています.実際に、それが既に研究の焦点になっています.

三井: 今日はこれで終わりにします.皆様、ありがとうございました.(拍手)


「異端児のみる生命」シリーズ終了


BACK


Last modified 2010.11.09 Copyright©2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.