The Takeda Award 理事長メッセージ 受賞者 選考理由書 授賞式 武田賞フォーラム
2002
受賞者
講演録
パネルディスカッション
page 1
page 2
page 3
page 4
page 5
page 6
page 7
page 8






パネルディスカッション
 
back next
西村:
 なかなか面白い刺激的な議論ができそうな状態になってきたようにと思います。それでは、環境系の方に移りまして、最初にエラチさんお願いします。

エラチ:
 西村さん、ありがとうございます。私がいつも同僚や人々から尋ねられることは、私が研究している時に、すべての応用について考えていましたか、または私の研究がどんな応用に使われるかあらかじめ知っていましたか、ということです。私の典型的な答えは、いいえです。なぜなら、それをどのように使うかは全く考えていないからです。私は、ある現象を説明したり、ある特定の問題を解決したりしている時でも、新しい知識を得ようとしたり、今まで考えたことがないアイデアについて考えたり、私が得た知識の上に新しいアイデアを考える同僚と議論したり、追加のアイデアについて考えたりします。また、学会でより幅広い聴衆にプレゼンテーションするときは、彼らが追加のアイデアを考えたり、そのアイデアを確立したりします。あなたが研究している問題から五つのアイデアが浮かんだとします、それらのアイデアのそれぞれについてもっと知識を得ると別の五つずつのアイデアを得ることができます、そうすると短時間に最初は考えてもいなかった幅広い効果や応用を得ることができるという、ご存知のような指数関数的な効果があります。前に説明しましたように、そのことのためだけに知識を追求しても、考えてもいなかったような実際的な効果につながります。
 この点について四つの例を使って説明します。最初に自分の研究の例で説明します。どうしてその研究をやったか、私の動機は何だったかはご存知だと思います。1960年代半ば、私がまだ学校にいた頃、NASAが金星に探索船を送りました。金星を観察した時、金星は完全に雲に覆われていることが判りました。この探索船は、私が今所長をしているジェット推進研究所が送ったものでした。ですから、私が1971年にこの研究所に入ったときに、人々がやっていたキーとなるチャレンジの一つは、完全に雲に覆われている惑星の映像をどうやって撮るか、雲を透過してどうやって表面を観るかということでした。ある人たちはこれを可能にする技術としてレーダを使うことを考え始めていましたが、非常に初期の段階でした。そして、私はレーダを人工衛星に載せるというアイデアを持ってそれが可能であることを検証するために、レーダを開発し飛行用システムを開発して、それを飛行機に載せました。ある日カリフォルニアからアラスカへ飛行機で飛んでいるときに、ちょうど海の上にいたので、「レーダの電源を入れて何が見えるか見てみよう」と言いました。電源を入れ、映像を処理すると海の波の美しい映像を見ることができました。それまで、このようなレーダシステムで海の波の映像を見ることができるとは思ってもいませんでした。その後をはしょって言いますと、何回もスペースシャトルでの飛行実験を繰返したあと、1978年にSEASATという人工衛星にレーダを載せたのです。日本やカナダやその他の国の同僚達と話をするために学会で発表しました。そのあと、他の応用についていろんな人たちが考え始め、30年経った今では、1ダースほどの衛星が、海洋学的なマッピング、水文学的なマッピング、地質学的なマッピング、地形学的なマッピングなどなど、のイメージレーダを持って軌道を飛んでおります。1970年にはこれらの応用についてはまったく考えておらず、そのときは金星のことしか考えていませんでした。
 もう一つ、私の研究所の例を話します。やはり1960年代に、宇宙船を別の惑星に送った時、信号が非常に弱くなってしまうので、地球と宇宙船の間でどう通信するかという挑戦の例です。どの程度弱くなるかの感覚を持ってもらうために言いますと、木星からの信号は地球を回っている通信衛星からの信号よりも、10億倍弱くなります。10億倍。これをどう扱うかという挑戦をすることになりました。そこで、コード化するアイデアから研究を始め、ソロモンコードとか、グロムコードとか言われるものなどを開発しました。これらのコードは現在では、携帯電話で使われているものです。30年前に特許をとっておけばよかったと思うのですが、そのときは遠い宇宙の通信のために開発をしていました。現在では、この地球上で、誰でもが、信号が非常に弱い携帯電話用に使っています。これが、ある問題、ある知識のために行った研究が別の領域で使われるもう一つの例です。
 三番目の例は、画像化処理の例です。やはり60年代から70年代に衛星から受け取る画像データは雑音が多くて、この画像を一層良くする、もっとはっきり見えるようにすることを考え出さなければなりませんでした。そこで、誰かが、画像をデジタイズしてデジタル画像処理をしようと考えました。この技術は今日では広く使われています。お医者さんに行ってレントゲン写真を撮ると、衛星で使ったこの技術で自動的にデジタル処理されきれいになった画像を受け取ります。
 最後の例は、私の組織ではない例です。私は、数週間前ビントサーフという人と昼食を取りました。ご存知の人もいると思いますが、この人は米国ではインターネットの父と言われている人です。そこで、私は彼にUCLAで20年前にこの研究をしていた時に応用のことを考えましたかと。彼は同じ答えをしました、何も考えなかったと。私の問題は、二つのコンピュータをつなぎ、一つが障害を起こしても自動的に別のルートを取る、信号が別のコンピュータに再ルートされるようなプロトコルを見つけ出すことだった。これは軍用の応用のためだった。そしてこのプロトコルが今日のインターネットの基礎となったが、彼は何に応用されるかについてのアイデアはなかったといっています。
 これらのことから言える事は、科学や技術から人類の役に立つことを成し遂げるには二つの要素が必要だということです。知識を獲得するだけの研究、その知識がどんな結果を起こすか判らないにしても、それと知識を取り上げて何か実用的なことに応用することが得意な人たち、この二つの要素が必要です。この二つはどちらも極めて重要であり、どちらが欠けてもうまく行きません。ですから、知識をそれ自身のために追いかけることは、強力に支援されるべきであり、その知識の上に事業化するアントレプレナーシップを追求することはもう一つの鍵となる要素です。あるものは知識に重点をおき、あるものは応用とアントレプレナーシップに重点をおくにせよ、武田賞のような例やノーベル賞のようなものにおける二つの鍵となる要素であります。ありがとうございました。

西村:
 それでは、次に畚野さんお願いします。

畚野:
 私は、情報通信と地球環境の二つのコミュニティにまたがって、二股かけて生きてきました。生活者というか消費者というか、何を選ぶかという視点で言いますと、最近、特に情報通信の世界で、何を選ぶかということがどんどん変わっているような気がします。昔は、研究者技術者が先を見通してターゲットを決めて研究開発をする、うまくいけば結果はほとんど間違いなく社会のインフラになっていきました。今は、全部とは言わないけど、ある種のものではユーザの価値観、それも使い勝手がちょっといいとか、見た目がいい、そういうことで決まっちゃうような場面が出てきました。いい技術が必ずしも生き残らない、という現象がおきています。これはその分野が成熟してきたともいえるのですが、すべての分野ではないが情報通信の一部の分野では、そういうことで、消費者というか生活者により近いところで、研究者が自分の目標を立てるのに自信をなくしているような状況が起きています。
 一方、地球環境の方は、研究者がまだまだ自分で自信を持って価値判断をし先を見通すことができる状況にあり、自分で目標を立てることができるような気がします。ここでいう生活者という定義が、一つにできるとは思いませんが、それがどう受け止めるかとか、どう選択しようとかには、あまり関係なく、何が良いか、何が役に立つか、何をやらねばならないかとか、何が必要かということが、まだ割にはっきりしていると思います。これは、全体的に見ると決して成熟度の問題ではなくて、本質的な性格の違い、次元の違いのような気がします。
 私たちのやった宇宙からの降雨観測について言えば、最初からグローバルな雨の状況がわかれば一般的に役に立つということには自信を持っていました。逆に言うとあんまり具体的に何に役に立つかということは考えませんでした。この辺は今のエラチさんの話と意見が一致すると思います。とにかく私達自身は今までにないようなことをやろうと意地になってやってきたような気がします。まあ、結果として役に立つことが実証されて非常に満足しているということなのだけれども、今になって言うと、TRMMに関して言えば、そういう意味での価値が、後からどんどんついてきたような気がします。本当に良いものはそうなっていくと、だから今情報通信で逆に良い技術が生き残らないというのは、本当は違うのではないか、本当に良い技術ではないのかもしれません。こういうようなことは一種類に定義されることではなく、幅広いコンセプトとしてあり、もっとダイナミックで生き物のようなものではないかという気がします。これに携わる研究者というのは、最初からあんまり何かを狙って変な助平根性を出してやるものではないのではないかと、自分が良いと思うものを一生懸命やれば結果は後からついてくるような気がします。







 
back next
講演録トップへ

武田賞フォーラムトップへ

武田賞TOPへ