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第13回レポート
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第13回リーフレット

第13回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  田村宏治(たむら・こうじ)
日時:  2007年3月24日



異端児のみる生命 「生命世界の右と左」 BACK NEXT

三井:皆さん、こんにちは.今日は、専門家として、大島泰郎さんと田村宏治さんに来て頂きました.

皆さんに申込んで頂いたときに、どんなことを疑問に思っているのか、どんなことを聞きたいのかというのを書いて頂いていますが、今回は、かなりの方が「右利き・左利き」ということに関心を持っていらっしゃる.これは発生学がご専門の田村さんの守備範囲ではないかと思います.

原子分子の左右の違いが生命とどういう関係にあるかというご質問もかなりありました.これは化学出身の大島さんのテリトリーです.

最初に、大島さんからお話を伺いますが、「異端児のみる生命」というタイトルにされた理由とか、第一回目のテーマに「生命世界の右と左」にした理由なども含めて、自己紹介とともに、15分程度で、糸口になるようなことを話して頂きます.

今日の話し合いの時間は全部で2時間くらいを考えておりますが、途中で10分程度お休みをとります.その後で田村さんにお話をして頂きます.

いろいろなお話が入り乱れても構わないのですが、一応、前半は原子分子の話、後半は、発生学的な話になるといいかなと思っています.

専門家の方々にお願いしたいのですが、この場では、科学者と科学者ではない方が、一緒に、同じテーマについて話し合います.私達は、普通、日常的な言葉で喋って具体的なイメージを描きますね.ところが、専門家の方は専門用語を使って、手っ取り早く情報を交換し合うということになっていますので、この場では、専門用語は使わないで頂きたい.専門家の方にはお気の毒ですが、よろしくお願いします.

また、質問をされる方々に一言.「こんなことは聞いちゃ駄目かな」ということは、一切ありませんので、何でもお聞きになって下さい.

それでは、最初に、大島さんにお願いします.

大島:今年は、このシリーズで6回ほど、生命科学に関する話題の企画をさせて頂くことになりました.何が「異端児」かは、追々分かるかと思いますが、まともな生命科学を真っ正面から採り上げるつもりは全くありません.ご一緒に、気楽に話し合いができればと思っています.

生物の体は、大雑把に左右相称あるいは左右対称だと思われていますが、もちろん、利き手があるように、厳密には違います.最近は、コンピュータを使って、写真の映像を自由に扱えますから、自分の顔を半分に切って、右半分を反転し、右半分だけの完全に対称な顔をつくることができます.こうしてできた顔は、まるで他人の顔に見えます.それに、完全に対称な顔は表情に乏しくて、非常に冷たい感じがします.能面というのは完全に左右対称です.表情の乏しい人を「能面のような」と評しますが、能面は、表情がないからこそ、面を付けた役者がどのような役でもやれるということで、非常に巧みに利用されています.

動物や植物がほぼ左右対称になっていることには進化的な理由があります.この部屋に居る限りは、温度も湿度も右側と左側では変わりませんが、上下は違います.物は上から下に落ちてくるので、たいての動物は背中側は丈夫な格好をしていますが、お腹のほうは、何となく守りが疎かになっているようです.

我々は右利き社会に住んでいますね.鋏には左手用がありますが、左手用の急須というのは聞いたことがありません.最近、左利きの人が最も苦情を言っているのは、自動改札機ですね.ドアを開けるときの構造も右手用です.左利きの人は、急須でお茶を注ぐときに熱いお茶を手にこぼしてしまうとか、ドアに手を挟まれるというようなチャンスが多いから、寿命が短いという説がありますが、科学的に証明されたことはありません.日本人では男女とも80歳程度の寿命がありますけれど、左利きの人の寿命が3日程度短いとしても、これは余程統計をとらないと分からないことですね.これくらいの差はあるかもしれませんが.

右手優位なことは文化面にもあります.日本語で「左」と付く言葉は、「左遷」とか「左道」とか、みんな悪い意味ですね.「俺の右に出る者はいない」と言いますが、「右」は偉いんですね.英語でも同じで、"right"を辞書で引くと、「右」の他に「正しい」とありますし、"left"は「邪悪な」と書いてあります.私の知っている例外は、お雛様で飾る左大臣は右大臣より位が上だということくらいです.

右と左に関しては面白いことがたくさんあります.肖像画では、モデルの左側を描いたものが圧倒的に多いと云われています.これは画家の多くが右利きだからで、右利きの人は顔の左側の輪郭をたどるほうが描きやすいのだそうです.お札では右側か真ん中に肖像画がありますけれど、確かに、お札の左側に右を向いた人を配置すると、お札の外を向いてしまうことになりますよね.

田村さんは発生学の立場で左右の問題を研究されていますが、私は生命の起源に関心があります.地球上で最初の生命が生まれたとき、すでに自分の体を作る分子の左手型と右手型とを選択したはずです.DNAの構成成分は糖の部分が右手の分子でできています.この部分が右手型と左手型のごちゃ混ぜでは、二重らせんはつくれません.最初の生き物がどの段階で分子の右左を選択したかは、生命の起源そのものと同じくらい重要なことになります.

地球の外に生き物がいるかどうかというのも私の関心事です.物理のほうでは、プラスの電子の世界、つまり反物質の世界があることが分かっていますが、生命のほうでは分かっていない.アミノ酸は左手の分子、糖は右手の分子を使っていますが、これらが反対向きの生き物がいるのかどうか.宇宙全部ではプラス・マイナス・ゼロなのか.それとも、どこへ行こうと、アミノ酸は左手型で糖は右手型なのか.こういうことも、生き物が何かと考えるときの一つの重要課題だと思っています.

分子模型セットを使って、左手の分子と右手の分子を作ってみました.この黒いのは炭素です.炭素には4本の手がありますが、それぞれの手に、違う原子なり分子なりが付いたとします.ここでは4本の手の色を変えています.二つをこういう向きにしますと、右手と左手のように、鏡で写した関係になります.この二つは、どう転がしても重なり合うことはありません.同じ構造のように見えても、化学的には違う分子なのです.これが生命の右手・左手の基本と言えます.

こんなに小さくて目に見えない分子の左右を決めた経緯には、長い話があって、ナポレオンに始まります.ナポレオンの傍にいた将校の一人が、執務室で贅沢な方解石の文鎮を使っていた.あるとき、窓に映っている歩哨の姿が、その方解石を回すと見えなくなるということに気が付いたというものです.これは分子とは関係のない「光」から始まった話です.

構造が同じに見えても性質が違う一組の分子が存在するということを見つけたのは、オランダ人のファント・ホッフ(Jacobus Henricus van't Hoff, 1852-1911)という人とル・ベル(Joseph Le Bel, 1847-1930)というフランス人です.二人は、ほぼ同時期に見つけたのですが、教科書にはファント・ホッフの名前しか書いていないことが多い.ル・ベルは立派な先生のもとで研究をして論文を書いたのですが、後に会社を起こして研究室を去ってしまいました.名声よりもお金儲けのほうが大事だと思ったのかもしれません.ファント・ホッフは自分で実験をせずに、他人の実験データと、他人の論文を見て、それをヒントにして、頭の中で考えたことだけで論文を書きました.それを偉い先生方に送りつけた.そのときのファント・ホッフは22歳.「若造が汗もかかずに、こんな論文を書くのはけしからん」というわけで、二人ほどの偉い先生が怒ってしまいました.そこで、他の人達が「若いの」が何を書いたのかに興味をもって読んでみたところ、「ファント・ホッフの言うとおりだ」ということになった.偉い先生や他人に悪口を言われるということは、とても良いことなのです.悪口を言ってくれなかったら、ファント・ホッフは、この問題では名前が残らなかったかもしれませんね.

私達の体は、この分子の一方だけを使ってつくられていますから、野球のグローブと同じ問題があります.左手には右利き用、右手には左利き用のグローブをはめますね.体の外から入ってくる分子にも、体にとって具合の良い分子と悪い分子があります.それがサリドマイドの問題ですね.合成するときにお金がかかるので、右手型も左手型も一緒に使ってしまったからです.また、一部の右手型のアミノ酸は砂糖の3分の1くらいの甘さがあります.これは全然栄養になりませんから、理想的なダイエットの甘味剤になります.ただ、このような自然界にはないアミノ酸は、無理矢理人工合成するしかありませんから、ものすごくお金がかかります.

私が、生命の起源とか、宇宙の生物とか、分子の話をすると、何の役に立つ研究かとよく聞かれるのですが、そういうときは、ついムッとして、「人の役に立とうと思って研究を始めたんじゃない.好きだから、貧乏覚悟で始めたのだから、余計なことを言ってくれるな」と言いたくなるのですが、自分の研究が役に立てば、それはそれなりに嬉しいことです.

ということで、右と左は、生き物の仕組みにもバイオテクノロジーにも大変深い関係があります.(拍手)

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Last modified 2007.06.17 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.