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第15回レポート
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第15回リーフレット

第15回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  平林久(ひらばやし・ひさし)
日時:  2007年9月8日



異端児のみる生命 「宇宙の生命」 BACK NEXT

三井:それでは、後半を始めたいと思います.いろいろまだ問題があると思いますが、今度は、大島さんから始めて頂こうと思います.

大島:私は理学部の化学の出身で、本来は生物化学が専門です.私がなぜ宇宙の生命に関心があるのかということを説明します.一番関心があるのは、「生き物とは何か」ということです.今、犬とは何かと聞かれたら、多くの方は、犬をイメージすると同時にネコもイメージするはずですね.同じペットでありながら、犬と猫とでは大いに違いがあります.犬は従順で、猫は独立心が強いというような比較を通して、犬とは何かというイメージをつくる方が多いと思います.研究者も同じで、物事の本質を知りたかったら、それと良く似たものを比べる.似たものを比べるというのは、一番安直で、しかも、研究の上では実りの多いやり方だと思います.私たちは地球上の生命しか知りませんが、宇宙に生命がいたら、それと比べることによって、生命とは何かということが分かるし、地球生命にはどういう特徴があるかということも浮かんでくると思うのです.そういう意味で、是非、他所の星の生き物を探したいと思っています.

しかし、まだ何も捕まえていないのだから、何も進歩はなかったのかというと、そういうことはありません.宇宙の生命を探すということで、宇宙の生命をイメージするわけです.バーチャルな生命を考えることで、一番大事な要素は水だという認識ができてきたと思います.みなさんは、新聞が、火星の水の話ばかり書いていると思うかもしれませんが、先程も言いましたように、生き物を直接探すのはとても難しいのです.NASAの生物関係者は、きちんとした理由があって、探査の戦略を立てているのです.

また、他所の星の環境にもいろいろあります.そこで、地球上のどういう環境まで生命がいるかという研究も進んでいます.水の重要性が指摘されたように、乾燥しているところにはいないのですが、最近のトピックスは、地下の岩石の中にも生物がいるという報告です.しかも、莫大な量がいると思われています.そのように、学問的にも大きな進歩があったと思います.

二番目の関心事は、生き物を見つけるための技術的な方法です.たとえば、砂丘の砂をもってきて、そこに生き物がいるかどうかと聞かれたら、今日ではDNAを使うのが普通です.しかし、それは、我々が地球の生命を知っているからで、このやり方を宇宙には適用できません.従って、火星でも、水の問題が解決したら、次は、どういう方法で生物を見つけたらよいかというのが、私の個人的な関心事です.これまでこういうことを何もしなかったわけではなくて、1970年代に、火星で生命を探すバイキング計画というのをやりました.「この方法がベストだ」という方法を必ずしももっていけるわけではなくて、搭載するための重さ、スペース、向こうの星の上がほとんど真空か真空に近いということなどを考えて、その時点で使いやすい方法しか持っていけないのですが、バイキングの実験のときは、驚いたことに、生物はモノを食べて二酸化炭素を吐き出す、つまり代謝をするわけですが、その代謝能を調べる手段しかもっていきませんでした.それが生命を見つける一番良い方法だとは、恐らく、担当者でも思っていなかったと思いますし、私も思っていませんが、それに代わる良い答を知っているわけでもありません.

三番目も個人的な興味ですが、「生命とは何か」と同じ意味で、「文明とは何か」ということです.これも、別のETの文明があれば、それとの比較を通して、自分たちの文明を理解できるのではないかと思っています.先程、アグレッシブな文明があると、襲ってくるのではないかという話がありましたが、私は、アグレッシブな文明は襲って来ないと思って、油断しているところがあります.地球上では、不思議な事に、アグレッシブな文明は寿命が短いですね.何もせずに、鎖国している文明は非常に長い.それが宇宙全体に通用する法則ならば、アグレッシブな文明は襲って来ない(笑).襲う前に、自分たちの文明の寿命が尽きてしまっている.私の個人的な関心事はそのようなところです.

三井:みなさんの最大の関心事というのも、「生命とは何か」、「文明とは何か」ということだと思いますので、この辺のところを話題にしてはどうでしょうか.

Y:地球外文明とコンタクトをとる場合には、地球の生命と相似であるということを前提にしているのではないかと思いますが、私たちの文明の論理構造とは異なった文明というのもあるのではないでしょうか.

大島:仰るとおりだと思いますが、俗に星の数程といいますから、それだけあれば、同じのもいるだろうというのが私の考えです.

三井:その辺、天文学のほうではいかがですか.

平林:太陽系にある地球がそうだったように、生き物が惑星の上で生きるとします.そうすると、他の星に惑星はあるのかという問題になりますが、1995年から今までに、200個くらい、太陽系の外に惑星が見つかっています.約1割くらいの星に惑星があって、太陽系でいうと、太陽のすぐ近くを、地球の330倍という木星の重さよりもさらに重い惑星が回っているという感じになりますが、何か変な惑星ばかりが、やたらと見つかっています.地球のような重さの小さな惑星は、今ある観測手段では見つけることができないので、大きなものが見つかるというのは不思議ではありませんが、どうも太陽系とはえらく違うものが見つかっているのです.これから10年とか20年後、観測技術が進歩したときに調べても、地球型の惑星が見つからないようだったら困るなぁという感じで、多くの惑星が見つかっていても、それだけで喜んでいては危ないのかもしれません.

三井:それは、光学望遠鏡で見つけているのですか.

平林:やり方はいくつかあります.見つけられた惑星の9割以上は、次のような方法を使います.ある星があるとします.その星のところに惑星があれば、惑星とその星は引っ張り合います.惑星だけがその星に引っ張られているわけではなくて、この星も逆に惑星に引っ張られていますね.共に、共通の重心の周りを回っているわけですから、惑星があると、もとの星が回っている様子を、さる方法で観測することができるのです.たとえば、ハンマー投げの室伏選手はハンマーを回しますが、ハンマーも室伏選手を回していますよね(笑).室伏選手を見ていると、どのくらいの重さのものをどう回しているかが分かるわけです.そういうやり方です.

Y:今のお話は、地球型でない惑星がたくさんあるから、地球型でない惑星には、地球型でない文明があるという可能性を仰っているのでしょうか.

平林:そういうことは何も言っていません(笑).むしろ、地球のようなものがあって欲しいなぁという気持ちです.大島先生が仰ったことと同じになりますが、いろいろな可能性があるのかもしれないけれど、少なくとも地球上では、こういったところに生命が発生したのだから、そのようなものを見つけていくというのが、一番能率の良い友達を見つける方法で、私たちが求めているのは、私たちが見つけられるものでよい.見つけられない、あるいは見つけにくい友達は見つけられなくてもよい.そういう考え方になるのかなと思います.

M:平林先生のお話は、太陽系の形成理論に影響を及ぼしていく可能性があるのではないかと思いますが、地球型の惑星は、単に技術的に未熟だから見つからないのか.それとも、太陽系の形成原理を一般化すれば、地球型の惑星はもっとあっていいはずだということなのでしょうか.

平林:今まさに観測が始まって、惑星が見つかってきているものですから、理論と組み合わせてシミュレーションをしていこうということです.井田茂(1960?)さんという方が、何冊かの本を書かれていますので、それをお読みになると分かると思います.この手の理論研究としては、京都大学のグループが、非常に初期の段階で重要な役割を果たしています.

理論家のみなさんは、いろいろ考えておられますけど、最終的な決着をつけていくのは、やはり観測データです.僕ら観測屋からみると、「理論家というのは、節操がないなぁ」と思うことがありますが、自然科学というのは、自然を実際に調べた結果をうまく説明するようなものをつくっていくわけですから、理論家は節操がなくても仕方がないですよね.

M:観測技術の更なる発展に期待するということでしょうかね.

平林:そう思います.

三井:宇宙の進化に関心をもっておられる方もあるので、その辺を話題にしたいと思います.宇宙はこれからどうなっていくのだろう.宇宙の構成員の一つとして生まれた生命はどうなっていくのだろうというような疑問があるのではないでしょうか.

平林:宇宙がこれからどうなるかという質問に対して、「全く分かりません」というのが正しい答なのではないかと思います(笑).十年くらい前までの本には、宇宙が膨張しているけれども、どうなるか分かりませんというふうに書いてありますね.宇宙にある物質の密度が多ければ、宇宙はいずれ収縮を始めますが、数年前くらいから、宇宙の中の密度が足りないから、どんどん広がっていくということになっています.ところが、最近の観測技術は、特に、前世紀末、割とよく分かってきたのは今世紀に入ってからですが、「どうもよく分かりません」というのが、宇宙の全体像ですね.

観測して分かる宇宙のモノを「物質」と呼んでいるわけですが、物理をやっている人は「バリオン」という言い方をします.同じことです.重力だけを及ぼしていて、観測にかからないモノのほうが、十倍くらい多くあるということが分かってきてきます.更に困ったことに、それだけでは宇宙が加速的に広がっている様子を説明することができないので、宇宙の中には訳の分からないエネルギーがあるという表現をしています.私たちの宇宙には、私たちが認識できるモノは、僅か4%くらいしかないと言われているのです.

96%が何が何だか分からないときに、これからの宇宙の運命が見えるはずはありません.「これから宇宙は膨張していく」とは言えるかもしれませんが、ローカルな状況を元にしてそう言っているだけで、本当の最後はどうなのかというのは、結局全く分からなくなってしまったというのが、今の正しい答えなのだろうと思います.

三井:エントロピーが増大する方向に向かっているので、宇宙は膨張しているというのは、古い理論だと言われてしまったのですが・・・.

平林:「宇宙の熱的死」というようなことを仰っているとすれば、19世紀末に物理学が進歩してくるなかで出てきた考えですね.閉じた系の中では、最終的に平衡状態になるというのは正しい考え方なのですが、その後の観測事実と照らし合わせてみると、そう単純に宇宙が熱的死を遂げるとはさらさら思えない.全然分からないということです.

三井:その中で、生命はどういうふうに位置づければよいのでしょうか.

大島:生命のほうは、とにかく生き延びられる限りは、逃げてでも生き延びようとするはずですが、宇宙の一員には違いないので、運命共同体だと思っています.

G:ケミストリーをやっています.現在の元素組成でどういう生命がいるかという問題と、全く異なる元素組成で何ができるかいう問題は、かなり異質だという気がします.今の元素組成で考える限り、地球上でほとんど実験し尽くされているでしょうから、突飛なことは新たに出てこないだろうと思いますが.

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Last modified 2007.11.20 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.