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第16回レポート
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第16回リーフレット

第16回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  富田勝(とみたまさる)
日時:  2007年12月8日



異端児のみる生命 「生命の設計」 BACK NEXT

大島:質問です.グルコースを食べるコンピュータ上の細胞が、グルコースを与えなければ餓死するというのは分かりますが、与え過ぎると肥満しますか.(笑)

冨田:取り込むことができる量に上限がありますので、たぶん肥満にはならないと思います.

大島:その辺が、機械がどこまで本物の細胞に近づけるかという一つの側面のような気がします.本来なら、肥満することが多いですね.

冨田:そもそも分裂しない細胞なので、生物学的にどういう意味があるかと言われると非常につらいものがあります.実際、生物学の先生方には、「こういう研究をするべきじゃない」と随分お叱りを受けました.(笑)

三井:コンピュータシミュレーションの精度についてのコメントがあったと思いますが.

O:電子上の世界と人間が分かっている世界との間の違いは常にありますから、精度の話をしてもどうかと思います.ただ、計算機に何かを書いて動かしてみると、全体が見えてくることもありますし、変なことをしたら分かったということもありますね.数式でも、条件を間違えるととんでもない話になります.

三井:冨田さんがお作りになった細胞は、モデルだと考えればいいわけですか.

冨田:先ずハッキリしておかなければいけないのは、何のためにシミュレーションしているかということです.生命を真似ることが目的だとすれば、これは、まじめにやればやるほど永久に無理です.

むしろ、サボるということが非常に重要なのです。サボって、本質的なところだけでシミュレーションして、得たい答えを得るというのがポイントだと思います.「127遺伝子の細胞」は、百数個の物質が相互作用をしている様子をコンピュータで再現したもので、ヒトの細胞にある3万の遺伝子全ての働きが分かれば、これ並みのことができるのではないかという、言わば、実行可能性を示したものと位置付けています.

数千にも及ぶ代謝物質やタンパク質が、全体でどう動くかというようなことは、シミュレーション無しには決して理解できないことですから、生物学にとってはもの凄く重要になっていくだろうと思っています.その第一歩です.

三井:これは『細胞のコンピュータシミュレーション』という冨田さんがお書きになった本で、国際高等研究所が出版したものですが、要点が非常に良くまとめられていると思います.

細胞というのは、外からの情報に対して反応することもあるわけですが、そういうことも将来はできると思ってよろしいのですか.

冨田:そういう情報があれば、組み入れることは可能ですし、その結果、何らかの振る舞いはします.

三井:その場合には、複雑さの程度が桁違いに跳ね上がるのですか.

冨田:「127遺伝子の細胞」でもかなり複雑で、意味不明な振る舞いをします.たとえば、グルコースをシャットアウトすると、ATPが作れなくなりますから、ATPが減っていって死ぬわけですが、ATPが減り始める前に、一瞬増えるのです.それは何故だということで、3ヶ月くらい悩みました.

三井:申込み時のご質問の中に、「コンピュータの世界で、思いがけない現象はみられますか」というのがありました.

U:早稲田大学へ生物学の講義を聞きにいったとき、いかなる生物も、栄養を摂らないほうが寿命は延びるということでした.冨田先生の細胞ではそうなっていないのでしょうか.(笑)

三井:栄養が少ないと寿命が延びるというのは、線虫の研究が有名ですが、まさか人間ではやっていませんよね.

大島:疫学的な統計は取っているかもしれませんね.

T:戦後は日本人もそういう体験をしてきたのではありませんか.今の平均寿命は、男性が79歳で女性は86歳.我々はそこまで生きられるかどうか分かりませんよ、こんなに太っていたら.(笑)

H:私の知っている女性は、この十数年間、一日80カロリーで、普通に活動して暮らしています.ただ、正常な生理現象が消え失せて、排泄物がほとんどゼロになるそうです.そういう人が、大阪に数人居ます.西式健康法に近いものだそうですが、医者が診ています.

G:シベリアで抑留されていた人達の集まりに顔を出したことがあります.三十数人のグループですが、散々な目に遭っているはずなのに、亡くなった方は2、3人で、あとはピンピンしておられます.70歳台の後半でしょうか.栄養の悪かったことが、必ずしも寿命を縮めるわけではないと感じました.

K:胎児は、胎内で血液をもらい、生まれてから肺呼吸に変わります.生命というのは、突如として、そういう不連続な変化が起こるわけです.細胞のシミュレーションでは、最初はどういうふうに始まるのですか.

冨田:初期値ですね.初期値は文献等を参考に、おおざっぱなものを入れてあります.

K:自動的に動くようにはできないのですか.

大島:生命の起源のようなことを考えておられるのですね.

冨田:多大な期待をして頂いて(笑)、大変光栄なのですが、我々の仕事は、数百の化学反応を整理して再現したというもので、進化のことまでは考えに入れていません.

三井:細胞が細胞膜で閉じ込められた状態にあることが大事で、細胞膜がないところで、同じようなことが起るのかどうかということがありますね.

冨田:先程、人工知能で文を理解するという話をしましたが、私は、実際にそれに挑戦したことがあります.ただし、世の中のことを全部コンピュータに教え込むのは無理なので、非常に狭い世界に絞ることにしたのです.つまり、「国際会議への申込み」という設定で、それに関することはありとあらゆる知識をコンピュータに詰め込んでやろうとしました.しかしながら、たかが国際会議への申込みでも、会話というのはどこに飛んで行くか分かりません.「この辺に美味しいレストランはありませんか」というような話になると、レストランの知識も必要になる.食べ物の知識も必要になる.結局、open-endedなのですね.それに比べて、細胞は、取り敢えず膜で閉じられていて、かつ、中にある分子の種類は有限個で、数も有限個です.そうすると、人工知能よりもこちらのほうがやりやすいのではないか(笑).

大島:「127遺伝子の細胞」は、何種類の化合物からできているのですか.

冨田:タンパク質を合成するための酵素の遺伝子が49個、tRNAの遺伝子が20個、rRNAが2個、あとは代謝系が数十個.解糖系と細胞膜をつくるためのリン脂質合成系だけです.全体として、タンパク質が100種類程度で、低分子が数十種類ですね.

大島:100から200個の部品からなる機械というと、どのようなものがありますかね.

冨田:ジャンボジェット機は500万とか.(笑)

大島:乳母車よりは複雑らしい.

冨田:部品の数からいうと非常に単純ですが、相互作用がメチャクチャに複雑なネットワークになっていますから、これは、なかなか人間の頭では考えつかないし、フィードバックもあって、非常に動的になっています.

N:ここ数年で、小さなRNAの働きが明らかになってきています.「127遺伝子の細胞」にそういう要素を取り入れていくと、とんでもなく複雑になるのではないかと思いますが.

冨田:解糖系という基本的な経路だけでも、本気でやると、もの凄く複雑です.解糖系というのは、グルコースからATPを作る遺伝子10個、つまり酵素10個程度で、バケツリレー式に、グルコースをいろいろな物質に変換していき、その途中でATPをつくるという、大腸菌からヒトまで、全ての生物がもっている超基本的なエネルギー代謝経路です.我々は、今、大腸菌を徹底的に計測して、定量的なデータを取っているところです.また、10個の酵素を試験管内で再現して、つまり、解糖系を人工的に再現して、それが計算通りに振る舞うかどうかも調べています.たかが10個の遺伝子でも大変です.

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Last modified 2008.02.12 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.