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第31回レポート
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第31回リーフレット

第31回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  池内了(いけうち・さとる)
日時:  2010年10月25日



世界はパラドックス「物理のパラドックス」 BACK NEXT

三井: 皆さん、こんばんは.今回は"パラッドックス"をテーマに取り上げます.来ていただいたのは、池内了さんです.池内さんはたくさんの本をお書きになっていらっしゃいますし、新聞に書評なども書いていらっしゃいますので、ご存知の方も多いと思います.

池内さんは、ご本の中で、「科学というのは考え方が大事だ」と書いていらっしゃいます.それは正にサイエンスカフェにピッタリだと思って、ここに来ていただくのをお願いしました.そして、テーマをご相談しましたら、"パラドックス"ではどうかということになったのです.

パラドックスと言っても、いろいろあります.そこで、多少整理しまして、今日は物理学に関係するパラドックスを取り上げます.別の時には、生物学のパラドックスや、昔のギリシャでもてはやされたパラドックス、また、現代はパラドックスに満ちていると思われますが、そういう現実的な問題も取り上げたら面白いのではないかと思います.

では、最初に、15分程度、池内さんにお話していただきます.

池内: 池内です.どうぞ、よろしく.

私は、今年、『パラドックスの悪魔』(講談社)という本を出しました.その前に、『物理学と神』(集英社新書)という本を書いているのですが、その中で、パラドックスのことも取り上げています.物理学の歴史の中では、神が登場すれば、物理学の法則に反するような悪魔が必ず登場します.そうした悪魔のことを書いていたときに、パラドックスの種がいろいろあることに気が付きました.それで、パラドックスを集めてみたら面白いのではないかと思ったのです.

例えば、ギリシャのパラドックスでは、「アキレスと亀」というのが非常に有名で、このパラドックスだけで、何冊もの本が出ています.それから、「エピメニデスのパラドックス」という、本当とも嘘とも決定できない言明があるというパラドックスがありますが、これが何とゲーデルの不完全性定理に結びつくそうです.このように非常に深い意味をもつパラドックスもあれば、「貧しき者は幸いなれ」という有名な宗教家のレトリックもパラドックスです.

パラドックスというのは、普通われわれが当たり前だと思っていることが、当たり前ではないかもしれないと考え込ませてくれますから、いろんな事柄でパラドックスは見つけられます.現代社会の、例えば、「エコのパラドックス」.今は何でもエコと言いながら、エコでないことをやっています.エコポイントとかエコカーとか、買い替えや使い捨てを奨励するようなエコは本当にエコでしょうか.このように、よく考えないと見抜けないようなパラドックスにうまくはめられてしまうということもありますから、気を付けなければいけないと思います.

今日は物理学のパラドックスをやります.私は、一応、物理学者ということになっていますので、最初に物理を出したほうが良いだろうと思ったわけです.次回は生物に関するパラドックスにしようと思っていますが、先ず、科学に関係することを出して、それから、ギリシャとか、レトリックとか、もう少し幅を広げて文学的なものも取り上げたいと思っています.

後からの議論のために、典型的な物理のパラドックスの例を羅列しておきます.先ず、「無」から「有」が生まれる話です.そして、永久機関のパラドックス.これは、エネルギーを全く投入しなくても永久に動き続ける機関があるという話で、ほとんど跡を絶ったかに見えるのですが、アメリカでは、電気代がタダになるという機械があって、まだ売れています.これも、何も無いところからエネルギーを取り出すということですから、無から有のパラドックスの一つです.

相対論でよく言われるのは、タイムマシンの話です.『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という面白い映画がありましたが、過去へ行ったり未来へ行ったりする時間旅行のパラドックスがあります.それから、先程も言いましたように、神と悪魔のパラドックスがあります.マクスウェルという有名な電磁気学の方程式を作った人が、神の摂理と相反する、つまり、自然に起こっていることと相反することを為すことができる悪魔が存在すると言い出しました.「マクスウェルの悪魔」と呼ばれていますが、それもパラドックスです.

他にも、エントロピーに関するものがあります.自然界は、閉じたエネルギーを与えない系で、そのまま放っておけば、必ず秩序を失う方向へ行くということになっています.これは、「熱力学の第二法則」とか、「エントロピー増大の法則」と言われていますが、エントロピーというのは、無秩序度を測るものです.エントロピーがドンドン大きくなると、やがて世界は崩壊します.ところが、自然界では、現在でもなお、銀河が生まれたり星が生まれたりして、むしろ、新たな秩序が生じているわけです.生命体の場合は、エネルギーなどを取り込むので、必ずしも閉じた系ではありませんが、生命体にしてもより複雑な系へと進化してきたわけで、より質の高いものへ変化する進化という概念は、エントロピーの法則とは逆行します.生物はより複雑な系へ変わってきただけであって、より良いものへ変わってきたかどうかは、また別の話ですが、星の進化と言う場合は、質的に高い状態へ変わってきたわけですから、エントロピーの法則に反することになって、これもパラドックスになります.

そういうふうに、パラドックスというのは、物理学の中では、ある種の問題提起、ある種の解決のように見えるのですが、それが本当の解決なのかどうかはよく分かりません.また、そうした新しい概念を持ち込むことによって、解決したように見せかけることがあるかもしれませんし、物理学の用語で言い包めた難しい概念を使っているように見えて、実際には簡単な仕掛けをしているだけということもあります.

学校では正しい答を教えますが、パラドックスは正しくない答があるかもしれないということを教えてくれます.その意味では、むしろ、パラドックスを教えるほうが正しいのではないかと思いますが、そうすると、子ども達は混乱しますから、やらないのだろうと思います.擬似科学にしても、科学のような顔をして偽の科学をやるわけですが、これもパラドックスと言えばパラドックスですね.

このように、いろいろなことが絡んでくるのではないかと思いますので、今日の議論は収束しないかもしれません.ただ、我々科学者にしても、ある種の仮定を置いた上でやっているわけですから、明確に分かっているわけではありません.私は何でも知っているわけではなくて、むしろ、知らないことが多いので、あまり突き詰めて質問されると立ち往生します.そういうことで、私の言うことを後生大事に信じないように、そして、お手柔らかにお願いしたいと思います.

三井: ありがとうございました.皆さんが参加申し込みのときに書いてくださったコメントや質問を拝見しましたら、やはり、「無」から「有」が生じるという話に感心を持っていらっしゃる方が多いように思います.その中の一つをご紹介しますと、

「どうして、最新の宇宙論が、「宇宙は無から生じた」と結論付けるのかわからない.身の回りで、無から生じるものなど何も無いからです.・・・・・、ダークマターの話は、結局、観測される天体の運動をニュートン力学だけで説明するには、観測されている以上の質量がどこかにないと説明できないというので、ダークマターという概念が形成された・・・・・.」


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Last modified 2010.11.24 Copyright©2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.