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第31回レポート
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第31回リーフレット

第31回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  池内了(いけうち・さとる)
日時:  2010年10月25日



世界はパラドックス「物理のパラドックス」 BACK NEXT

物理学に対して疑義を呈しているのでしょうか.私も、物理学というのは、何らかの仮説や理論があると、それに合うように適当な定義をしているような気がしています.

では、無から有を生じるパラドックスの辺から始めることにしたいと思います.

私も、真空であったところから宇宙が始まったという説明については、いろいろな本を読んだり、説明を聞いたりしても、なかなか納得できません.ところが、物理の方はそこを突き詰めるとダメと言います.真空の中に、何かプラスのものとマイナスのものとがあって互いに潰し合っているから、一見、何も無いように見えるとしても、それらはどこから来たのでしょうか.結局、真空というのがわかりません.

池内: 二つの考えがあります.一つは、元々、何かがあるという考えです.真空というのは何も無い世界ではなくて、私たちが知り得ない状態の物質があるということです.私たちは、エネルギーがプラスのモノしか認識できません.マイナスのものは認識できないのです.だから、真空にはマイナスのエネルギーという形でモノが詰まっていると仮定する.これは、ディラック(Paul Dirac, 1902-1984)が言い出したことで、アナロジー的に使われています.

三井: 我々が知覚できないものだったら、「有る」とも「無い」とも言いようがないと思いますが、何も無いと言うよりも、有ると言ったほうが良いということですか.

池内: 「無い」と言うよりも、「有る」と言ったほうが正直でしょうね.今の考えでは、真空にはマイナスのエネルギーのモノが詰まっていて、それが、何らかの拍子で出てきたら、同じ量の物質と反物質ができることになった.そういう仕掛けになっていたというわけです.

A: マイナスのエネルギーというのを、どのように理解すればよいのか分かりません.

池内: マイナスのエネルギーだけでは、それを定義できません.プラスのエネルギーのモノを持ってきたときに、全体として丁度ゼロになる状態にあるモノというふうに考えればよいかと思います.つまり、プラスのエネルギーという補助的な概念を用いる必要があるのです.

A: マイナスのエネルギーでやれる仕事はないのでしょうか.

池内: 仕事をした結果がエネルギーとなるわけですから、マイナスのエネルギーからは仕事を取り出せません.

B: 実数と虚数からなる複素数をアナロジーとすることはできますか.

池内: ホーキング(Stephen Hawking, 1942-)は、時間は虚数であると言っています.速度や加速度といった物質に付随する物理量の概念として複素数で記述されることはあっても、現実世界で実現されるのは実数であると、我々は考えています.複素数で記述されている部分は、我々が認識できる状態にはありませんが、何らかの作用はあります.しかし、それは認識される形で現れて来ないわけです.実数の世界に翻訳してやって初めてこんなふうに生ずるのであるというふうに出てくる.虚数というのは、歌舞伎などの裏方である黒衣みたいなものかもしれません.黒衣は、居ないものとして見なされますが、実際には、それが操っているわけですから.

C: 大学院生ですが、電気の授業などで複素数を使った式がよく出てきます.先生の説明では、複素数を使ったほうが、式として処理するのに都合が良いということですが、現実世界で見えるのは実部だけなのに、イメージの伴わない虚部を考えて、都合で使い分けるというのは納得し難いところがあります.

池内: 量子力学は複素関数で記述されていますが、複素数は全く便宜的なものだというわけではありません.虚部の二乗をとるとマイナスが出てきますから、マイナスという実数が生じるわけで、我々が認識できる世界になるわけです.だから、虚部は虚部でも物理的な意味があるということです.電磁気学や流体力学では、見事な複素数の使い方をしていますが、それは、複素数の部分にある種の役割を果たさせていて、それで実数部をとるときに、その役割をうまくクローズアップさせるような仕掛けになっているからです.だから、複素数には意味があると僕は思っています.

D: 複素数の実部と虚部が、真空におけるプラスとマイナスのアナロジーになるとは思えませんが.

三井: 宇宙物理の本などを読みますと、結局、アインシュタインの方程式が基になっていて、その式を解くと虚数が出てくるそうで、それでうまく辻褄が合うようになると言っています.

B: アインシュタインは、アインシュタイン方程式に、止むを得ず、宇宙項というものを導入しています.後に、彼は宇宙項を加えたのは失敗だったとして削除したのですが、最近は、ダークマターとかダークエネルギーとかが出てきて、宇宙項がもてはやされています.その話ではありませんか.

池内: アインシュタインは、特殊相対性理論と一般相対性理論という二つの相対性理論を発表しています.エネルギーと質量の等価性に関する理論は特殊相対性理論で、それは宇宙の議論とは全く無関係です.エネルギーが存在すれば、それは質量と同じであり、質量が存在すれば、それはエネルギーとして取り出すことができるというのが、特殊相対性理論の帰結です.

そこで、敢えて、虚数という概念を持ち出すとすれば、物質の運動が光速以上になると、物理量は全て虚数になってしまうのです.従って、我々は、そのような虚数の運動はあり得ないということで、速度は光速以下であると考えるわけです.その意味での虚数だとすれば、これは宇宙方程式とは関係のない特殊相対性理論のことです.

三井: アインシュタインの有名なE=mc2という式は、コマーシャルにも出てきますので、皆さんもご存知だと思いますが、その式がエネルギーと質量の関係を表しているのですね.

池内: 光速が物質の運動の上限であるということは、現実世界が実数であるという条件の下で出てくることであって、虚数まで許してしまうと、我々が認識できない形でのエネルギー概念になってしまいます.

先程、「無」についての考え方が二つあると言いましたが、もう一つの考え方を紹介しましょう.何も無いということは、例えば、5と-5を足すとゼロになります.そこで、ゼロから、5と-5を作り出すことができるではないかと考えるわけです.そのとき、何らエネルギーを必要としません.出たときに運動エネルギーをもっていたとしても、二つの間で万有引力が働いていて、プラスとマイナスのエネルギーがあれば、全体としてはエネルギーがゼロの状態のままで運動もできるわけです.宇宙の始まりを、普通はそのように考えます.


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Last modified 2010.11.24 Copyright©2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.