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第17回レポート
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第17回リーフレット

第17回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  竹田美文(たけだ・よしふみ)
日時:  2008年1月26日



異端児のみる生命 「微生物は敵か味方か」 BACK NEXT

三井:疑問が二つあります.ウイルスというのは敵ばかりですか.良いウイルスはいないのでしょうか.もう一つは、「寄生」と「共生」の違いです.人間が勝手に分類しているだけですか.

宮村:人間の尺度でみると、同じウイルスでも違う側面があると思います.C型肝炎ウイルスにしろB型肝炎ウイルスにしろ、細胞に感染しても、その細胞を直接殺すことはありません.ウイルスに感染した細胞を、宿主の免疫系が攻撃して殺すわけです.ウイルスが自分自身の増殖に不可欠な宿主の細胞を殺しては元も子もありません.C型肝炎ウイルスのキャリアーに、インターフェロンなどの薬剤を投与して、ウイルスをなくそうとしていますが、完全になくすのはなかなか難しい.今、臨床の先生達は、C型肝炎ウイルスやB型肝炎ウイルスと共存して、病気の発症を抑えていくことが大切だと考えているように思われます.

先程お話にあったエンダース達の業績は、ウイルス学200年の歴史のなかで本当の大ブレークスルーです.ウイルス学でノーベル賞をもらっているのは数多くありますが、その中でもトップ3に入る大業績だと思います.ポリオウイルスはずっと以前から知られていました.エンダース達は、ポリオウイルスの分離を目的にしていたわけではなくて、試験管の中で動物細胞を増やすことができるようにしたのです.その培養細胞でポリオウイルスを増やすことができた.麻疹ウイルスも増やすことができた.そうなるとウイルス学の世界は一変します.それまでは、生きている動物からウイルスを回収するのがウイルス学だったのですが、エンダース以降は、培養細胞でウイルスが増えますので、自分の手にするウイルスが一気に増えました.ポリオウイルスは、100種類近くあるエンテロウイルスの一種で、現在は、血清型によって、1、2、3というふうに分類されています.

我々の腸管の中には、いろいろな腸内細菌がいますが、腸内ウイルスというのもたくさんいます.そのなかで病原性のあることが分かっているのは、ポリオウイルスを始めとするエンテロウイルス数種類に過ぎません.培養細胞の中で増えるエンテロウイルスにしても、その程度で、培養細胞で増えないものは山ほどあります.私達が知っているのは、まさに氷山の一角でしかありません.病原性があれば注目して解析しますが、病原性がなければ解析の対象にもならない.よく増えないために病原性の分からないウイルスは、実際にはたくさんあるはずです.

今、いろいろな人が探しているのは、慢性疲労症候群の原因ウイルスです.実際にウイルスがとれてくるのですが、それらはいずれもありふれたウイルスなので、これが原因ウイルスであるという特定は、未だできていません.

三井:慢性疲労症候群の原因ウイルスというのは、スローウイルスと言われていたものではありませんか.

宮村:ポリオウイルスなどは、感受性のある培養細胞で増えて、細胞を殺すということで定量的な解析が可能です.しかし、培養細胞や生体内の細胞に感染しても、よく増殖しない一連のウイルスがいます.それらをスローウイルス群として提唱したのが、ガイジュセック(Daniel Carleton Gajdusek, 1923-)という先生です.かって、ニューギニアの山岳地帯に住む部族のなかに、クールー(KURU)と呼ばれる奇病に罹る人がいました.その部族には、亡くなった人の魂を子孫に引き継ぐために、死者の脳を食べるという昔からの習慣があった.ガイジュセックは、その病気はウイルスに違いないと考えたのですが、ウイルスがなかなかとれてこないので、それはスローウイルスであろうと言ったわけです.彼は、クールーに関する一連の研究で、1976年にノーベル賞を受賞しましたが、今では、ガイジュセックが提唱したスローウイルスのほとんどは、プリオンだということになっています.

当時、スローウイルスの一つだと考えられていた麻疹のウイルスがあります.これは、麻疹ウイルスの一部が変異したもので、赤ちゃんのときに感染して、ごく稀に脳組織に潜伏し、長い時間をかけてSSPE(Subacute sclerosing panen-cephalitis; 亜急性硬化性全脳炎)という脳炎を起こすのです.

慢性疲労症候群の場合は、細胞とウイルスが共存していて、何かのときに病気を起こすのかもしれないし、他のファクターが関与して病気になるのかもしれない.一番大事なことは、病気の定義をはっきりさせることで、人によって定義が違うようでは、病原体を見つけるのは難しいということになります.

大島:役に立つウイルスは、病気のほうにはないかもしれませんが、園芸のほうでは、ウイルスに感染すると葉に模様ができるので、わざと感染した株を育てるという話を聞いたことがあります.

O:ウイルスが細胞の中に入り込むということを利用して、新しい遺伝子を導入する方法は、研究でも実用でも使っていますので、これは人間に役立っているということではないでしょうか.

宮村:「良い」ウイルスの一つに、バキュロウイルスという昆虫ウイルスがあります.これは宿主が非常に限られていて、昆虫や昆虫細胞の中では増えますが、人の細胞には感染しません.私達は、そのウイルスにC型肝炎ウイルスの遺伝子を入れて、それを昆虫細胞の中で増やし、C型肝炎ウイルスの抗原をつくって、それをワクチンにしようとしています.ウイルスが、試験管の中で、特定の細胞でだけ増えるという性質を利用すれば、最終的には非常に役に立ってくると言えます.

T:帯状疱疹や麻疹は、子供のときに1回罹れば、もう一生かからないと言われていました.ところが最近では、麻疹や帯状疱疹に何回でも罹る人がいます.結局、終生免疫はあり得ないということでしょうか.

宮村:ポリオにしろ麻疹にしろ、昔は社会に野生株がたくさんありましたが、環境がきれいになったり、ワクチン(生ワクチン)が普及したりして、今の社会にあるのは、ワクチン株か野生株かのどちらかで、せめぎ合いの状態にあります.ワクチンも1回接種したら免疫は終生続くと考えられていましたが、だんだん社会がきれいになってくると、1回や2回のワクチンではうまくいかないということが明らかになってきています.今話題になっている十代後半の人達で麻疹のアウトブレークが起こるというのは、ワクチンが足りないということで、対処すべきだと思います.

ウイルスは、種の保存のために生きています.変異はランダムに起こります.そのなかで、環境に適合したものは残り、適合しないものは消えていく.それがウイルスの現実であって、別に病気を起こすために変異しているわけではない.因に、人間の場合は、弱者ほど守らなければならないわけで、ここがウイルスと人間の大きな違いです.

ヘルペスは、ウイルスと宿主が共存し続けるということで成り立っています.小さい時に感染した帯状疱疹のウイルスが、神経細胞のどこかで生き残っていて、ホストの守りが弱くなったときに活性化してきます.これを何度も繰り返すわけです.しかし、麻疹とヘルペスは、適切な対処方法が分かっています.

K:アメリカでは、生物多様性を保持するために、人間が滅ぼしたオオカミを放ったそうです.人間は、病原菌を抗生物質で死滅させようとしてきたために、耐性菌が出てきた.変異することは、病原菌にとって、多様性を保持する手段ですね.そこには微生物全体の多様性のバランスというものがあるように思います.

三井:今、「耐性」という言葉が出てきましたが、微生物と人間がイタチごっこをしていて、抗生物質が効かなくなる.何らかの対策があるのでしょうか.

竹田:耐性菌ができるのは、抗生物質を使うからで、耐性の性質が菌から菌へ移るメカニズムも分かっています.しかし、耐性菌と生物の多様性を結びつけるのは難しいですね.我々は、病原菌の耐性ができると、「大変困ったことだ」ということから先に話が進まないのです.行政のほうも、「抗生物質の乱用をしないでください」ということで終りですね.抗生物質を使わなかったら、これも大変ですから.

Y:我々は、人間中心で物事を考えていて、人間にとって良いか悪いかと言っていますが、考え方を変えて、人間が微生物を上手に使ってやれば、共存できるのではありませんか.

三井:我々人間が人間中心にモノを考えないとすれば、どうしたらよいのでしょう.(笑)

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Last modified 2008.04.01 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.