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第18回レポート
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第18回リーフレット

第18回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  斎藤成也(さいとう・なるや)
日時:  2008年3月29日



異端児のみる生命 「生物進化」 BACK NEXT

三井:今だにいろいろな種類の生き物がいるということは、その生き物にとっては最適の環境にいられるからと考えてよろしいのでしょうか.

斎藤:最適ということは、進化では、まずあり得ないですね.抽象的な可能性では、特定の条件がありますけども、我々がそれに到達するには、何十億年も何百億年もかかると思います.

A:今の我々がビタミンCをつくることができなくなったのは、ビタミンCを合成できないほうが有利だからという考え方があるのではないと思います.たとえば、全体容量としては制約があるので、ビタミンCをつくる代わりに別のものを入れるというようなことです.

斎藤:ビタミンCをつくる特定の酵素を産生しないほうが、細胞に負担は少ないから、有利だという考え方はあるのですが、全く意味がないと思います.客観的な証拠ですが、我々人間やサルだけでなく、ゾウ、モルモット、それから最近明らかになった、メダカ、フルーツコウモリなど、脈絡のない、あちこちの系統でビタミンCをつくる酵素が消えています.それをどう説明するのでしょうか.

大島:ビタミンC要求性は、生物の系統の上ではバラバラですから、必要でも不要でもなかったのでしょう.だから、何かの節約のためにビタミンCを作らないでおこうとする利益は何もなかったと思います.

三井:そろそろ、人間はこれからどうなるのかということを話題にしてはどうでしょうか.

P:この頃ダウン症の子供が減ったという話を数日前に聞きました.ダウン症は羊水検査で分かるようになっていますが、色覚異常や血友病などの遺伝病が、親から子へと伝わっている家庭を幾つも知っています.私は有神論者ですので、そうした障害に対して、遺伝子だけからは言えないところがあって、何かの力がどこかで支配したのだと思っていますが、将来、こういう障害を何とかできる可能性はあるのでしょうか.

斎藤:我々の大部分の遺伝子は父方と母方から1個ずつもらいますが、女性のX染色体は2個、男性のX染色体は1個しかありません.色覚異常などの遺伝子はX染色体上にありますから、男性のほうが、どうしても様々な障害をもちやすい.しかし、ダウン症は突然変異で起きます.普通は、女性が年をとればとるほど、ダウン症の子供を産む確率が増えます.今は晩婚化傾向にあるので、割合としては増えるはずなのですが、減っているというのは、初めて聞きました.そうであれば、中絶の可能性はありますね.中国では、一人っ子政策のもとで、明らかに男の子が女の子より多いのですが、そうしたことが行われているようです.

「障害」という言葉は、中立的ではないのであまり好きではありませんが、遺伝子を変えることによって、つまり、遺伝子治療によって、自分が欲しいと思う子供をつくるとことは、だんだん可能になっています.しかし、それを障害がないと言うのか、親の勝手と言うのか.それこそ、個々の判断の問題だと思います.

大島:障害のない子供をつくる可能性は十分ありますが、現状では、個人の人権を尊重する立場から、親には決めさせない.先ず、子供自身がそれを障害と思うかどうかを決める.子供がそれを障害と思い、治したいと思えば、そして、それが可能であれば、遺伝子治療なり何なり可能な限り治療する.ただし、そのまた次の子供には、治療は施さない.つまり、生殖細胞には手をつけないというのが、今の大勢の考え方です.

U:人間の体では、一日に5,000個のがん細胞ができているけれども、それが自然に治っていて、発病に至るのは、何人かだけだと聞きました.今後、医療技術の進歩によって、がん細胞を修復して正常細胞に戻すことはできるのでしょうか.

三井:がん細胞はできているけれども、それががんに発達しないのは、免疫系が監視していて、排除しているという考えが一つありますね.

大島:がん細胞を正常細胞に戻す可能性は十分にあると思います.前回のカフェ・デ・サイエンスは、感染症の話でしたが、感染症も、病原菌が1匹入ったからといって病気になるわけではありませんね.しかも、発病に至るのに必要な病原菌の数は、感染症ごとに、数十匹から桁が二つも三つも違うところまで、非常に大きな差があります.それと似たような現象ですね.

斎藤:5,000個は多いかなと思って計算してみたのですが、人間の大人の細胞は60兆個ですから、5,000個というのは、10の10乗分の1ということになって、確率的には非常に低いので、5,000個くらい生じてもおかしくないですね.がんのほうからみたら、我々が病気になったら、それは非常な成功例ですよね.「うまくいった、よっしゃ!」(笑)

そういう細胞が消えていく理由の一つとして、免疫系がたたくというのはあります.もう一つは、体細胞突然変異という、親から子には伝わらない変異で、皮膚細胞などのDNAがおかしくなるのですが、そういう細胞が一種のがん細胞だとすれば、うまく増えられなくて消えていくということがあるかもしれません.

N:DNAに比べてRNAは変異を起こしやすいですよね.RNAが変異し易いから、基本的な遺伝情報をDNAにするように進化したと・・・.

斎藤:それは目的論的ですね.結果として、DNA型生物のほうが多く生き残ったということです.

L:カンブリア紀にはもの凄くたくさんの生物がいたのに、今、その多くがいなくなっていると聞きます.そうすると、生物の多様性を守るというのはどういうことになるのでしょうか.

大島:今いる生物種の数に対して、絶滅種の数は、桁が一つか二つ違うくらい多い.知られている数ですら、そうですから、実際の絶滅種はもの凄い数になりますね.生物の種類は、非常にダイナミックに、時と共に変わってきていると思います.

物理学から生物学に転向した、マックス・デルブリュック(Max Delbruck, 1906-1981)という高名な科学者がいます.彼は、自分のことを"mature"な物理学者と書いていたと思いますが、すなわち、「完成された」物理学者の目で生物の世界に入ってきて驚いたのは、対象となる生物が、"time-dependent & space-dependent"なことだと言ったのです.要するに、生物というのは、今から5,000年前とか、1億年前とか、現在という時間を規定しないと、対象が変わってしまう.また、海とか空といった環境を決めないと、対象が全く違ってしまうというわけです.素粒子はどこへいっても同じですし、太陽は40億年前から今日までほぼ同じだった(笑).彼の言ったことは、生物の特性を非常に良く表しているように思います

三井:多様性と言うときに、生物の種類が多いのか、あるいは、同じ種類の中でも、個々に見ると違っているという意味の多様性なのかを区別して論じないといけませんね.

斎藤:当時、すなわち、中生代後半にはいろいろな哺乳類がたくさんいたわけですが、その後、地球上に生息した全ての哺乳類は、絶滅した哺乳類も含めて、実は、1億年前の僅か1種類のspeciesから生じたのです.今現在の地球上にいる哺乳類をみれば、多様性というのは、消えても、また作られてくると考えることができます.

私は、多様性を維持するという意見には反対です.それは、あくまでも結果に過ぎないからです.もしも、地球上がツルツルで、完全に一様の環境だったら、ニッチェ(生態学的適所)がありませんから、一種類の生物しかいないかもしれません.

Y:将来、遺伝子の操作技術が進歩して、優秀で強健といった人間ばかりの均質的な社会になったときは、天変地異などに対応できないのではないかという心配があるのですが・・・.

斎藤:我々は将来を予測できないので、多様性を維持しておいたほうが、いろいろなことに対応できるという意見はありますね.実際に、コシヒカリは非常に美味しいお米になるけれども、ある種の病気に罹りやすいので、その病気に耐性のあるものと掛け合わせるということはやられています.人間には、なかなかそういうことはできませんが、そういうふうにして多様性を維持するということはあり得ます.しかし、環境が変わっても、自分たちの技術で、どんどん環境に対応していくほうが簡単ですから、そうなるのではないかと思っています.

B:環境省のやっている生物多様性条約のようなものは必要ないということでしょうか.

斎藤:我々は今の地球が素晴らしいと思っているから、保護しようとしているわけです.それは人間のエゴイズムですよ.政治家が決めたことですから、それでいいのですが、生物学的にそれが必要かと問われたら、「どうでもいいのではないか」というのが私の答です.(笑)


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Last modified 2008.05.27 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.