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第26回レポート
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第26回リーフレット

第26回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  河合剛太(かわい・ごうた)
日時:  2009年10月26日



異端児のみる生命「RNA」 BACK NEXT

河合: DNAウイルスよりもRNAウイルスのほうが変わりやすいということはあるかもしれません.DNAは遺伝情報の伝達物質として確立されたものですから、進化の過程で、非常に厳密に複製されるシステムを獲得していますが、RNAを作るとか、そこからタンパク質を作る段階では、そこまで厳密ではありません.DNAを作る酵素は間違ったら直すという機能を持っていますが、RNAを作る酵素は間違いを正す機能を持っていません.とにかくドンドン作って、それを一過性に消費していく.そういう増え方をする場合は、特に間違いが起きやすいということもありますから、結果的に人間の免疫機構をくぐり抜けることになるかもしれません.

三井: セントラルドグマの中へRNAが割り込んできたというふうにとれたのですが、どうなのでしょうか.

河合: 最近たくさんのRNAが発見されていますが、そうしたRNAは、基本的に、高等動物あるいは高等植物と呼ばれる生物から見つかっています.大腸菌には約400万塩基対のDNAがありますが、そこに4,000個くらいの遺伝子がビッシリとほとんど隙間無く入っています.ヒトのゲノムは30億塩基対という何桁も多いDNAが並んでいるにもかかわらず、遺伝子の数は2万くらいだと言われています.そうすると、必然的に隙間ができることになりますが、実際に97パーセントくらいが隙間になっています.

もう少し細かい話をしますと、ヒトなどの真核生物の遺伝子には、エキソンとイントロンと呼ばれる領域があります.エキソンというのはタンパク質の合成に使われる配列で、イントロンというのは使われない配列ですが、それが交互に並んでいます.イントロンを隙間と考えれば、先の数字になるのですが、エキソンとイントロンの全てを1個の遺伝子だとすると、遺伝子がカバーしている領域は約40パーセントになります.それでも、遺伝子がない領域はゲノムの中にたくさんあって、ゴミだとかジャンクだとか言われていたのですが、そこからいろいろなRNAがたくさんできてくるという報告が、ここ数年で数多く出てきました.

そうしたRNAは、体の仕組みが複雑になるにつれて増えており、その頂点に人間があるようなグラフが描けます.少し怪しいグラフではありますが、実際にそうなのです.そうすると、そういうRNAが最初からあって残っているというより、少なくともその部分は、後から増えたとしか考えられません.僕らが非常に複雑な生き物である理由の1つは、RNAが発達したからではないかとも考えられています.

三井: ゲノムの中の遺伝子ではない部分が何をしているかを調べ始めた結果、そうしたRNAのことが分かってきたのですか.

河合: ヒトゲノム・プロジェクトというのをやって、遺伝子DNAの塩基配列は全部決めたけれども、それがどう働いているのか、まだまだ分からないというのが現状です.遺伝子の働きを調べる方法の1つとして、メッセンジャーRNAを調べる方法があります.メッセンジャーRNAには、タンパク質のことが書いてあるはずですが、どれだけ調べても、タンパク質のことは書かれていないメッセンジャーRNAのようなものがたくさんあるということが分かってきました.

タンパク質というのは、1つ1つが働く部品ですが、大腸菌からヒトまで、それぞれよく似ています.しかし、それをどうやっていつどこで働かせるかという制御システムは、複雑な生物になる程、より複雑になります.そのコントロールをしているのがRNAです.だから、RNAは、ウインドウズやリナックスのようなコンピュータのオペレーティング・システムで、実際に働いているキーボードやマウスに当たるのがタンパク質だというふうに考えられるようになりました.

A: RNAウイルスは昔からの生き残りだと思っていたのですが、新しいスタイルだとすると、今のRNAウイルスはDNAから発生したのでしょうか.

河合: 僕らのDNAには、ある一定の繰り返し配列、例えば、LINE(long interspersed nuclear element:長鎖散在反復配列)と呼ばれる繰り返し配列が何十万個も存在しています.それは自分自身で増えて、ゲノムの中を飛び回って移動することができます.僕らの体は、それを増やさないように一生懸命に抑え込んでいます.しかし、完全に抑えきることはできないので、少しずつ増えていきます.聞いた話では、100人中の1人くらいは、自分の親がもつLINEの数より1個多いそうです.そのLINEがもつ遺伝子の構造と、エイズウイルスの構造はほとんど同じです.たまたま、細胞の外に飛び出す機能を獲得するとウイルスとなって増え、そうでなければ細胞の中で増えて蓄積する.トウモロコシのゲノムは、LINEのようなレトロトランスポゾンが80%を占めると言われています.RNAウイルスがどうしてできてきたのかは分かりませんが、起原はたぶんLINEのような繰り返し配列と同じだと思います.それと良く似たものは、大腸菌にもあると言えばあるし、酵母にもあります.このような配列がどこかで一斉に増えたことが、オペレーティング・システムを進化させたのかもしれせん.また、種ごとに配列が異なりますから、種の起原に関係するのかもしれません.

今年のノーベル医学生理学賞は、テロメア(特徴的な繰り返し配列をもち、染色体末端を保護する構造)の発見者が受賞しましたが、このテロメアを作る現象と、LINEの増えていく現象がよく似ています.ショウジョウバエには、ヒトと同じようなテロメアはありませんが、その代わりに、テロメア専用のLINEみたいなものが使われています.その辺は、皆、互いにリンクしていて、意外と関係が深く、一体どこに起原があるのかというのはなかなか難しい感じがします.

A: 今の動物からウイルスは発生するのでしょうか.

河合: あり得ないとは思いませんが、簡単ではないと思います.直接の答にはなりませんが、インフルエンザウイルスはかなり変わっていて、細胞の中に最もたくさんあるメッセンジャーRNAを自分が増えるための材料に使っています.核の中に入らないと、メッセンジャーRNAはできないのですが、インフルエンザウイルスは核に入らないで、手っ取り早く、そこにたくさんあるメッセンジャーRNAをちょん切って自分の頭につけるのです.そうすると、あたかもメッセンジャーRNAができたかのようになって、宿主の酵素がすぐにタンパク質を作ってくれます.そのような酵素がRNAと一緒にくるまって外に出るようなことになれば、ウイルスになるかもしれませんが、完成までの諸々の道のりを考えると、簡単ではないと思います.

三井: エイズウイルスにそっくりなものが体内にいるときは悪さをしないのですか.

河合: 悪いことをするので、それらを一生懸命に押さえ付けているわけです.その押さえ付ける仕事をしているのもRNAです.近年見つかってきた小さいRNAというのが、精子や卵子を作る生殖細胞の中で押さえ付けています.そして、どこかでそのタガが外れると、反復配列がドッと増える. DNAがメチャクチャになる.そこに新しい遺伝子ができるのかもしれません.


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Last modified 2009.12.15 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.