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第24回レポート
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第24回リーフレット

第24回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長田敏行(ながた・としゆき)
日時:  2009年6月8日



異端児のみる生命「花の咲く不思議」 BACK NEXT

三井:今夜は、「花の咲く不思議」というテーマでお話を進めます.本日来ていただいたのは、法政大学教授の長田敏行さんです.以前は東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻(植物学)の教授で、小石川植物園の園長もやっておられましたので、植物のことは何でもご存知だろうと思います.そして、もうお一方は、いつも来ていただいている大島さんです.

では、最初に長田さんからお話していただきます.

長田:大島先生からのお誘いを気軽にお引き受けしてしまったのですが、最初にお断りしておかなければいけないのは、私は必ずしも花の専門家ではないということです.私の専門は別にあるのですが、1年程前、『遺伝』という雑誌に、「フロリゲン・クエスト」と題して、私がなぜフロリゲンに関する研究を紹介するのかということを書きました(2008年1月号).それを大島先生にお見せしたら、「面白い!」ということで、今日の運びになったわけです.それで、私がなぜそういうことに興味を持っているのか、そして、なぜ今日の話のテーマになったのかということを最初にお話ししたいと思います.

事の発端は、2006年1月7日に、存命であれば100歳の誕生日を迎えるはずだった、ドイツのマックス・プランク生物学研究所の教授であったメルヒャース(Georg Melchers, 1906-1997)先生を偲ぶ会があって、私もその会への出席を要請されたことでした.そこで、マックス・プランク発生学研究所の教授になったばかりの若いヴァイゲル(Detlef Weigel, 1961-)さんが記念講演をされました.彼は、フロリゲンの正体を明らかにした主要な研究者の一人ですから、当然のことながら、フロリゲンについての話をしました.そして、フロリゲンに関して先駆的な研究をされた二人の生物学者についてのお話もされました.その一人がメルヒャースさんで、彼はフロリゲン仮説の提唱者の一人なのです.

もう一人は、ビュニング(Erwin Bunning, 1906-1990)先生というチュービンゲン大学の教授だった方で、誕生日もメルヒャースさんと2週間くらいしか違いませんから、存命であれば、2006年の1月にやはり100歳の誕生日を迎えるはずでした.彼は、生物リズムの先駆者ですが、生物リズムは今日のテーマと密接な関係があります.

フロリゲンという名前を付けたのは、ロシア人のチャイラヒャン(Mikhail Chailakhyan, 1901-1991)ですが、同時期に、メルヒャースさんとオランダのクイパー(J. Kuijper)もそれぞれ独立に同じような考えに達していました.それは、1936?1937年のことです.

個人的なことになりますが、メルヒャースさんは私のことを息子のように可愛がってくださいました.そして、亡くなる半年程前に、ご自分の論文を全て私のところへ送ってくれたのです.その中に「私が亡くなれば、君が私の追悼文を書かされるだろうからこれを送る」という手紙が入っていました.

そういうことがあって、つらつら考えてみると、フロリゲン仮説が出てから、その正体が明らかになるまで、70年という非常に長い年月を経ていますから、70年前にどのような研究がなされたかについては、具体的にどのような内容であったかあまり知られてはいないのです.そこで、手元にはメルヒャースさんの初期の論文もあることですから、昔の話から今の話へと繋げてみたいと考えました.

これまで、フロリゲンに関する否定的な意見も多くありました.京都大学の瀧本敦先生は、花の咲くことに関しては専門家で、多くの本も書かれていますが、1990年に出版された『植物の生活環調節機構の動的解析』という本の中で、「花成ホルモンは存在するか?多年にわたる世界中の科学者の努力にも係らず、未だ花成ホルモンというべきものは抽出されないため、現在では花成ホルモンというべきものは存在しないと考える人が多い」と書いておられます.これが、僅か20年前の非常に率直な意見でした.従来のやり方ではそういう結論にしかならないのです.ところが、その頃から世の中はどんどん変わっていきました.

花が咲くというのは、植物の生活サイクルの最後の段階で、一生の締めくくりのようなものですから、次の世代に子孫を残すといった意味でも、非常に大事なことです.従って、花の咲く切掛けは何かということを、多くの人が研究してきました.そして、1920年に、花芽を付ける条件として必要なのは光周性であるという画期的な論文が出ます.光周性というのは、季節によって変化する昼夜の長さに影響を受けて反応する性質のことです.地球は回っていますから、明るい昼があって暗い夜があります.この明るい時間の長さが長くなると花芽がつくられる植物を長日植物、短くなると花芽がつくられる植物を短日植物、光周性を示さないものを中性植物と呼んでいます.

光周性発見の発端となったのは、畑で作っていたタバコ(長日植物)の中に、通常の条件下では全く花を付けないで、葉だけがどんどん繁って大きくなる突然変異の品種が出てきたことでした.アメリカのメリーランド州ベルツビルにある農務省農業研究所のガーナー(W. W. Garner)とアラード(H. A. Allard)という二人の学者は、長日条件では花を付けないその変異株が、短日条件に置かれると花芽が付くことを発見したのです.

この写真(別掲)の左側にある小さいタバコは短日条件下で花が咲いています.右側のタバコは長日条件下で花を付けずにドンドン大きくなったものです.この写真を送ってくださったのは、ウイスコンシン大学のリック・アマシノ(Rick Amasino)さんで、バーナリゼーション(春化処理:低温の時期を与えることによって、花芽の形成を促進する方法)の先駆的研究者です.

このように、花が咲くのは一日の明るい時間と暗い時間の比率で決まるということは分かりましたが、その時間を感知しているのはどこなのでしょうか.1937年にフロリゲン仮説を提唱したチャイリャヒャンは、キクを使って実験しました.茎の先端を被覆して、葉に光周期を与えてやる.反対に、葉を被覆して、茎の先端に光周期を与えてやる.その結果、花芽が付くのは、葉に光周期を与えたときで、葉から何らかの信号が出て、それが茎の先端まで伝わり、そこで花芽ができるのではないかとチャイリャヒャンは考えました.それをフロリゲンと呼んだわけです.そして、フロリゲンは葉から茎の先端まで移動する分子ということで、花成ホルモンと言われるようになりました.

ホルモンというのは、元々動物ホルモンで定義された言葉で、生体内の限定された部位で生成され、特定の部位に運ばれて働く化学物質で、きわめて微量でも活性を示すものということになっています.植物でも、オーキシンのように、茎の先端でつくられて基部のほうへ移動して働くものが知られていて、植物ホルモンと呼ばれるようになっていましたから、フロリゲンも植物ホルモンの一種だと考えられたわけです.

では、短日植物のフロリゲンと長日植物のフロリゲンは同じなのでしょうか.そこにメルヒャースさんの仕事が関係してきます.彼は、ヒヨスというタバコに近いナス科の植物で、ハイヨスサイナミン(hyoscyamine)などのアルカロイドをつくる植物で実験しました.普通のヒヨスは二年生植物ですから、冬の低温を経験して春の長日条件下で花が咲くのですが、わずか一つの遺伝子変異によって、一年生植物として、短日条件下で花芽を付けるものがあります.メルヒャースさんは、一年生の短日植物であるヒヨスに光周期を与えてやり、それを二年性の長日植物であるヒヨスに接ぎ木しました.そうすると、低温を経験していない二年生のヒヨスも花芽をつけたのです.接ぎ木と台木を逆にした実験でも同じことでした.これは、ヒヨス同士を繋いだ最初の実験ですが、その後、タバコとヒヨスでも繋がることが分かっています.従って、もしフロリゲンがあるとしたら、それは種の違い、長日と短日の違い、属の違いをも超えたユニバーサルなものであろうと考えられました.それがフロリゲンの重要な特性の一つになります.

それから、光周期において大事なのは、明るい時間ではなくて、暗い時間の長さだということです.なぜなら、暗い時間の途中で光を入れてやると(光中断)、暗い時間の効果が失われて、花が咲かなくなってしまうからです.ところが、暗がりの中で植物が示す活動は一様ではなく、そこにはリズムのようなものがあるということを発見したのがビュニング先生です.これが植物固有のリズム、つまり生物時計に関係してくるわけです.

フロリゲンに関する古典的な研究はこのようなものですが、フロリゲンで、花咲か爺さんのような一攫千金を夢見て、世界中でその探索が続けられました.しかし、1990年頃には、先程紹介したように、その存在を否定するような意見もありました.ところが、その頃から分子遺伝学がどんどん進んできます.特に、シロイヌナズナ(長日植物)という実験用植物の全ゲノムが明らかになったことで、分子生物学的なアプローチができるようになりました.シロイヌナズナのゲノムはサイズが小さいものですから、いろいろな変異を誘導した解析が容易にできるのです.

そのシロイヌナズナで、光の周期を感じなくなったコンスタンス(Constans)と呼ばれる変異(co)が見つかりました.その遺伝子の転写産物であるRNAの発現量を調べてみると、正にリズムがあって、24時間の周期で変動していました.つまり、明るいときに増えて、暗くなると減るわけです.RNAの変化より面白いのは、その産物であるタンパク質の変化です.これは暗くなると壊れてしまうのですが、明暗を繰り返している間に蓄積され、それがある閾値を超えると花が咲くということが分かりました.では、コンスタンスがフロリゲンかというと、残念ながら、コンスタンスは全く移動しなかったのです.

そこで、移動するものを探した結果、花の咲くローカスのT(FT)というのがコンスタンス遺伝子の下流にあり、それが葉で読まれて、その産物が茎の先端に移動するらしいということが分かりました(2005).それが、RNAではなくてタンパク質であると証明されたのが2007年で、ちょうど70年ぶりにフロリゲンの正体が分かったということになるわけです.

実は同じ頃、日本の研究者がイネを使って、同じような結果を出しています.イネのゲノムも2002年に全ての塩基配列が決定されましたから、いろいろな変異が調べられています.イネでも、シロイヌナズナのコンスタンスと同じように光周期を感知しないで穂が出る変異遺伝子(Hd)があります.イネは短日植物ですから、開花のシグナル伝達経路は長日植物のシロイヌナズナとは異なり、FTに対応するHd3aという遺伝子が短日条件で活性になることが分かっています.

以上が、70年ぶりにフロリゲンの正体が分かったという非常に荒っぽい話です.


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Last modified 2009.09.08 Copyright(c)2005 The Takeda Foundation. The Official Web Site of The Takeda Foundation.