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第24回レポート
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第24回リーフレット

第24回 カフェ・デ・サイエンス


講師:  大島泰郎(おおしま・たいろう)
ゲスト講師:  長田敏行(ながた・としゆき)
日時:  2009年6月8日



異端児のみる生命「花の咲く不思議」 BACK NEXT

大島:「花の咲く不思議」というテーマで、皆さんの関心は二手に分かれるのではないかと思っていました.サイエンスでは長年の課題というものがあって、事実は分かっていても説明がつかない現象がありますので、そういうことに関心がある方もいらっしゃるかと思ったのですが、参加申込みのときのコメントを拝見すると、ほとんどの方は植物そのものの不思議のほうに関心がおありのようで、それは私にも大いに関心があります.

植物は動物とはまるで違います.危険が迫ったときに逃げることはできないので、動物にはない防御の分子機構をもっています.それに、花が咲くということ自体がとても変わった不思議な現象です.不思議なことはそれだけではありません.そこで、最初に、私が素朴に不思議だと思っていることを質問して、長田先生にはそれに簡単に答えていただこうと思います.

海底の熱水噴出孔付近に、太陽光には全く依存せず、熱だけに依存した生態系があります.その中の主役の一つの動物は、日本語で羽織虫という言い方をしていますが、チューブ状のミミズの親玉みたいなもので、地面の中に体の一端を埋め込み、動物のくせに動き回ることはしないで、まるで植物のように動かないのです.そこで最初の質問は、一番基本的なところで、何が植物なのですか.

長田:植物が動けないというのも、それに応じていろいろなものが発達しているというのもその通りですが、最初にそういうものがあるグループとして出て来た理由は何かということになると、それは分かりません.

大島:生物の教科書では、昆虫と植物の両方の進化で花がきれいになったと書いてあるのですが、きれいな花の大部分は人間が売ろうと思って作ってきたのであって、本当に昆虫との係わりできれいになったのかどうか、私は非常に疑問に思っています.それから、実験用に使うシロイヌナズナのようにケチな花しか付けない植物がありますが、それらはどうして進化しなかったのでしょうか.

長田:花が昆虫との係わりでああいう風になったというのは、人間の勝手な解釈であって、我々が楽しんでいる花も人間が勝手に作ったものです.花の色に関して言うと、昆虫は我々が見るのとは少し波長が違って見えますから、昆虫との関係はあるかもしれないと思われます.しかし、イチジクは見えないところに花をつけます.花びらは作りません.イネの花も花びらはありません.一般に素晴らしい花と言えるかどうか分からない類の花の多くは風媒花です.

大島:植物は挿し木のようにクローンができやすいわけですが、自然界でもクローンで増殖しているほうが多いのではないかという気がします.植物にとって、やはり実をつけることは大事ですか.

長田:数の比較はしたことがないので分かりませんが、種子をつくるもののほうが多いのではないかと思います.確かに、栄養生殖(根、茎、葉など、栄養体の一部から新しい個体が形成される生殖法で、無性生殖の一つ)で増えるものはたくさんあります.ソメイヨシノは人工的な雑種であって、ほとんどがクローンです.

一方、日本で見られる竹(孟宗竹)は70年に一度花が咲きますが、その間はずっと栄養生殖です.そこにどういう意味があるかは誰も分かっていません.ただ、ヒマラヤには毎年花が咲く竹があるそうですから、花が咲く周期は竹の種類によって違います.

私の最初の仕事は、葉から1個の細胞を取り出して、それからクローンをつくるというものでした.植物のクローンができると最初に言ったのは、アメリカのスチュワード(F. C. Steward, 1904-1993)さんで、1950年代後半のことですが、そのときの全能性(1個の細胞が種々の組織器官に分化して完全な個体を形成する能力)は約5パーセント程度でした.我々が1970年頃にやった研究では、葉から回収した細胞を裸にしたもの(細胞壁を分解したもの)から培養して、90数パーセントの全能性がありました.

大島:受精を通して子孫を作るのは、好ましくない変異の蓄積を避けるためだと教えられているわけですが、400年余もクローンで増えているソメイヨシノのような植物は、好ましくない変異が起こることを防いだり修復したりする能力があるのですか.

長田:どのような植物でも栄養生殖するものは変異が蓄積します.ソメイヨシノには寿命があって、60年くらいで枯れるという説もありますが、東大植物園には100年を超えたソメイヨシノがあります.また、ジャガイモの中に、ひたすら栄養生殖で増えているものがあります.アメリカの代表的なジャガイモの品種は、1900年頃に作られたものですが、それが現在でも栽培されています.

大島:最後の質問です.長田先生は東大小石川植物園の園長をされていました.そこには、ニュートン(Isaac Newton, 1643-1727)のリンゴの樹があると聞きましたが、信憑性はどのくらいあるのでしょうか(笑).リンゴは関係なかったという説もありますが.

長田:ニュートンはリンゴを見て万有引力を発見したと言われていることに関しては、私もあまり信用していません.ニュートンがケンブリッジ大学の学位を取得したのは1665年ですが、その頃ペストが流行して大学が閉鎖され、2年間、自分の故郷であるウールスソープに帰ることになりました.プリンキピアに書かれている法則は、その2年間の間に考え出されたものだと言われています.小石川植物園にあるリンゴの木は、ニュートンの故郷の庭にあったリンゴの樹で、その苗木が日本に来たのは戦後です.当時の日本学士院長であった柴田雄次先生が、イギリス国立物理学研究所長のゴートン・サザランドさんから公式に送ってもらったということで、正真正銘のニュートンのリンゴの樹です.この木の分身が日本各地で育っていて、それぞれニュートンのリンゴの樹だと主張しています.

最近、このリンゴに関して、新たな発見がありました.食べるリンゴはヨーロッパで成立したのではないかと長い間考えられていたのですが、DNAの塩基配列を調べた結果、3,000?4,000年程前に今のリンゴのプロトタイプができていて、ローマ時代にヨーロッパに広まり、イギリスへも渡ったということが分かりました.ニュートンのリンゴの樹には「ケントの花」という品種名が付いていて、美味しいリンゴではありませんが、1660年代の、品種改良の手が入っていない貴重なものなのです.

更に、今のリンゴの故郷がカザフスタン辺りだということも分かりました.そこは旧ソ連の原水爆実験場で、長い間人は入れなかったのですが、近年になってやっと入ることができるようになり、オックスフォード大学の研究者が行って調べたわけです.あの辺りは、インドがユーラシア大陸にぶつかって隆起したヒマラヤ山脈や崑崙山脈に近いところですから、本来なら広く分布するはずのものがカザフスタンに限定されたのは、山脈によって分断されたからだということです.リンゴだけではなく、他のいろいろな果実もあの辺が故郷だということです.

大島:メンデル(Gregor Mendel, 1822-1884)のブドウの樹というのもあるそうですね.

長田:メンデルのブドウの樹というと奇異に思われるかもしれませんが、メンデルの法則で有名なエンドウ豆を使った実験はホビーであって、本当は、ブドウ、リンゴ、ナシなどの品種改良をやっていたのです.例のブドウの苗が日本に送られて来たのは1914年のことでした.我々の先輩が1913年に修道院を訪ね、そこにあったブドウの苗を送って欲しいと頼んだのです.

当時のチェコはオーストリア・ハンガリー帝国の一部で、第一次世界大戦後にチェコスロバキアとなり、第二次世界大戦後は社会主義圏に入りました.その後、修道院は閉鎖されて、ルイセンコによってメンデルの遺伝学は否定され、やがて、メンデルブドウもなくなってしまったのです.1989年にベルリンの壁が壊れたとき、チェコの人々はメンデルのブドウの樹が日本に残っていることを知り、送り返して欲しいということで、送ったわけです.1999年に、私はチェコのプラハに行く用事があり、そのとき、送ったブドウの樹がちゃんと根付いているかどうか見てきて欲しいと植物園の職員に言われて訪れたところ、送った苗はいずれも順調に生育していました.

その翌年の2000年は、メンデルの法則の再発見から100年だということで、それを記念した国際会議がブルノで開催され、私は、その会議にも出席しました.その会の主催者が、「はるばる日本から送られて来たこのブドウの樹こそ、チェコの人々が受けた様々な外的被害を最もよく象徴している」と紹介すると、聴衆は非常に驚いていました.

メンデルは、不思議な事に、染色体については知りませんでした.エンドウ豆の形質だけで遺伝子のようなものを考えたのですから、大天才としか言いようがありません.

大島:その結果を、ブドウの品種改良といった実学的なものに応用しようとしたわけですね.

長田:実学的と言えば、ミツバチやヒツジの品種改良もやっています.それに、彼は気象学者でもあって、その関係の論文のほうが多いくらいです.

三井:メンデルの居た修道院ではワインを作っていたのではないでしょうか.では、ここでしばらく休憩します.後半で、どんどん質問して下さい.


(休憩)


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